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2016.4.5

アンチテーゼは両刃の剣

有吉秀樹

獨協大学経済学部教授

有吉秀樹

ありよし・ひでき 1997年早稲田大学法学部卒業。富士銀行(現みずほ銀行)を経て、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程修了。博士(学術)。2006年獨協大学に着任、16年4月より現職。専門はマーケティング戦略、ブランド戦略。著書は『マーケティングの新視角』など。

■若者の心に巣食う大人社会への反発心

若かりし頃、世界を放浪する旅にしばしば出かけたことがある。独立紛争が終結して間もない国連軍管理下のボスニア・ヘルツェゴヴィナ、漢民族と少数民族の確執の絶えない中国西域、今や血みどろの戦いの舞台となってしまったシリア、日本大使公邸人質事件に揺れたペルー…。

バブル崩壊後間もない1990年代後半は若者の海外出国者数が最高を記録した時期であった。もちろん、これは外部環境の影響抜きには語れない。思えば、バブルの残滓が残っておりまだ全般的に若者の懐事情が良かったのだろう。

経済大国でありながら軍事的脅威の少ない日本に対する国際的信頼が高まっており、入国や査証取得が容易だったことも確かだ。在京キー局の人気番組で無名お笑い芸人の大陸縦横断ヒッチハイク企画などが高い視聴率を誇ったのもこの頃である。

しかし、私は根底にはもっと根深いものがあったのではないかと感じている。それは多くの若者の心の中に巣食っている大人社会に対するある種の反発心である。

考えてみればいつの時代も大人社会に対し若者の抵抗はあった。攻撃的な学生運動、眉を顰(ひそ)めるような奇抜なファッション、深夜のラジオ放送への熱烈なリクエスト、新興宗教への傾倒、ベンチャー礼讃志向など、表出の仕方や捌(は)け口、受け皿は変わるがアンチテーゼとなるものを打ち立てようとする行為において共通だ。

パックツアーに依存しないバックパック一つの旅が若者の支持を集めたことも同じ文脈で語ることができるだろう。その何物にも縛られない自由さは、高度経済成長期以来ずっと守られてきて、そして当時崩れつつあった終身雇用制度や年功序列などとは対極に位置した。

■アンチテーゼをアンチテーゼで終わらせない

しかし、アンチテーゼはテーゼ(既存概念)との葛藤の中で発展的に昇華してこそその存在価値が増すというものだ。

バックパックの旅には単なる自由さを超えたさまざまな側面がある。次々と起こる予期せぬ事象について限られた情報のもとで意思決定しなければならない大変さ、現地の人々との触れ合いの中で身につく多様な価値観…。

私が旅先で出会った日本人の中には、これら旅で培った要素をその後の人生の活躍の糧としている人もいる。しかしその一方で、残念ながら旅の持つ自由さに溺(おぼ)れて無軌道に走り、いつの間にか社会の枠組みから取り残されてしまった人も数多くいた。その姿は最後まで学生運動に固執したかつての活動家の姿と符合する。

教育現場で意識の高い若者たちと対峙していると、周囲は飛躍や挑戦、社会貢献といった美しい言葉や行動で溢(あふ)れかえっている。しかし、時としてそれらは彼ら彼女らの経験の浅さや精神的な未発達さに付け入り、場合によっては人生の階段を踏み外しかねないような誘惑に姿を変える。

次代を担う若者を応援しつつ、美しき刺客の毒牙にかからぬよう適切な方向へ導くことは斯くも難しいことなのかと痛感する日々である。

=埼玉新聞経済面 県内大学発「経世済民」=