埼玉新聞ロゴ

2016.4.28

人の想像力刺激する空間

増田珠子

駿河台大学経済経営学部教授

増田珠子

ますだ・たまこ 津田塾大学学芸学部英文学科卒業、同大学院文学研究科後期博士課程単位取得満期退学。津田塾大学英文学科研究助手を経て、04年経済学部専任講師、09年同助教授、16年から現職。専門はイギリス演劇、児童文学。共著に「『終わり』への遡行―ポストコロニアリズムの歴史と使命」(英宝社)、訳書に「ゲーデルの世界」(青土社)、「ポストモダニズムとホロコーストの否定」(岩波書店)、「科学者キュリー」(青土社)など。

■テーマパークの魅力

テーマパークは長蛇の列さえ我慢できれば、実に心躍る場所である。非日常が徹底している空間だからこそ、普段はしないような恰好をして食べないようなものを食べ、思い切り悲鳴を上げながらジェットコースターのスリルを感じるといったことが、何のてらいもなく楽しめる。自分を心置きなく解放できるというのは、テーマパークを訪れる一つの醍醐味だろう。

テーマパークはまた物語の力を感じさせる場所でもある。東では「クマのプーさん」や「白雪姫」などおなじみの物語のアトラクションが人々を魅了し、西では「ハリー・ポッター」人気が衰えを知らぬ勢いで高まっている。

訪れる人は元になった物語を読んだり映画を観たりはしていないかもしれないが、魅力的な登場人物が出てくる豊かな物語は、そこに確かに息づいている。だからこそ、人々の想像力を刺激してやまない楽しい空間を提供できるのだろう。

■ムーミンのテーマパーク

こうしたテーマパークは今や日本の一大産業だが、私の勤め先がある飯能市の宮沢湖畔に来夏「ムーミン」のテーマパークができるという。

ムーミンの世界もまた奥深い物語を備えている。トーベ・ヤンソンによる九冊の児童文学では、魔法の帽子の中に隠れているうちに見た目がすっかり変わってしまったり、大洪水のため避難を余儀なくされたり、灯台のある島へ移住したり、冬眠中に目が覚めてしまったりなど様々な出来事が起こる。

主人公のムーミンをはじめ家族や仲間たちは、ときに悩んだり、ときに苦境に立たされたりしながらも、困難に打ち勝ったり冒険を成功させたりする。また、こうした多彩なエピソードを通じて、孤高の旅人スナフキンや毒舌家のミイといった登場人物の個性が形成されている。

日本でのムーミンはアニメ化をきっかけに抜群の知名度を誇るようになったが、ヨーロッパでは夕刊紙での連載漫画版が大人気である。実は、大人向けで風刺的な漫画は、児童文学での設定に必ずしもとらわれていない。

例えば、児童文学では「たのしいムーミン一家」という題名にも表れているように、ムーミン一家の家族の絆はゆるぎない。一方、漫画には、一人でムーミン屋敷を守るムーミンが行方不明のパパとママを思って嘆くシーンがあったりする(なお、その後のエピソードでパパとママは偶然見つかる)。

しかし、相違点はあっても児童文学と漫画はまったくの別物ともならず、それぞれの特徴をその魅力としつつ、互いの延長線上に存在するという実に稀有な作品となっている。そして、個性あふれる登場人物たちが物語の魅力を倍増させているのだ。

山と水辺(残念ながらムーミンパパの愛する海ではなく湖だが)をそなえた飯能はムーミン谷を想起させやすい場所だが、新しいテーマパークはムーミンの豊かな物語が息づいて訪れる人の想像力を刺激する空間になれるだろうか。そこが多くの人々にとって心躍る場所になることを期待している。

=埼玉新聞経済面 県内大学発「経世済民」=