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2016.5.17

食べることは生きること

広瀬歩美

聖学院大学人間福祉学部助教

広瀬歩美

ひろせ・あゆみ お茶の水女子大学生活科学部食物栄養学科卒。筑波大学大学院人間総合科学研究科修了。管理栄養士、博士(医学)。生活習慣病専門病院での勤務(栄養指導)、聖学院大学非常勤講師を経て現職。専門は栄養疫学、栄養教育、小児栄養。

■食べ物が果たす役割

1095回、これは1日に3回食事した場合における1年間の食事回数である。2014年時点の日本人の平均寿命は男性80・5歳・女性86・8歳なので、離乳食期間を除いても一生に約9万回食事の機会がある。この数字だけでも、食事が健康に与える影響の大きさがうかがえる。

口から摂取された食べ物は、各消化器官で細かな栄養素となり、必要なものは身体に吸収され、エネルギーになったり身体を新しく作ったりとそれぞれの働きをする。例えば、体全体のたんぱく質は約80日でその半分が入れ替わる。

つまり、半年後の自分は今日の自分とは違う自分、ただし今日食べた物で作られている自分であるということだ。まさに、人間の身体は食べたものでしか作られず、食べることは生きることなのである。

■飽食時代の健康問題

飽食の時代と言われる現代の日本では、食べたいときに食べたいものが、自分で調理する必要がなく食べられる。すなわち、「食べたいものを適切に選ぶ力」が必要不可欠であるが、これがなかなか難しい。その結果、現在我々は、摂取エネルギー・栄養素と消費エネルギー・栄養素のアンバランスさから生じる様々な健康課題に直面している。中高年に多い内蔵型肥満に起因するメタボリックシンドローム、若い女性に多いやせ、高齢者に多い低栄養などである。

肥満とやせは、一見正反対の現象に見えるが、ともに「自分にとっての適切な栄養を摂取できていない」という点で共通している。健康が脅かされることは、その人にとっての生活の質(Quality of Life)が低下することにつながるため、予防が大切である。また、これらの健康課題が起こる背景には、朝食欠食や孤食、嗜好品の過剰摂取など、日々の食生活上の課題がある。

■楽しく食べて健康に

このような健康上・食生活上の課題を受けて、05年に「食育」を「生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきもの」として定義した食育基本法が施行された。現在、「食育」という言葉の認知度は高まり、特に子どもたちにおいては、栽培やクッキングなどの食育活動を通して自分の身体や食に興味を持つことや、地域の食文化を学ぶ機会を得ることができている。

しかし、現在のところ、前述した課題に対する具体的な改善策は見出せていない。「健全な食生活」と言うと「決められた時間に三食、間食や嗜好品の摂取は厳禁」というイメージを持ちがちであるが、堅苦しく考える必要はない。一日・一週間・一カ月単位で栄養バランスや食生活に偏りがないか振り返り、「お昼はラーメンで炭水化物が多かったから、夜はご飯を少なくして、肉と野菜をしっかり食べよう」「先週はお菓子をたくさん食べたから、今週はちょっと控えよう」と意識してほしい。そして何よりも、食べている時には存分に幸せを感じてほしい。それが結局、好きな食べ物を生涯にわたっておいしく食べられるコツであると言える。

=埼玉新聞経済面 県内大学発「経世済民」=