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2016.7.5

経済のゆくえは気持ち次第?

熊本尚雄

獨協大学経済学部経済学科准教授

熊本尚雄

くまもと・ひさお 76年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。経済学博士(一橋大学)。福島大学経済経営学類准教授を経て、2016年4月から現職。専門は国際マクロ経済学。

2016年2月16日、日銀は民間金融機関の日銀に対する預金(日銀当座預金)の一部にマイナス金利を導入した。マイナス金利導入により、国債の利回りがマイナスへ下落し、これまで国債中心に資金運用してきた主体が貸出や株式等の他の運用先に資金を移動させることが期待される。目論見通りの政策の効果が達成されれば、消費拡大や企業の業績向上により、好況感が広がることになる。

■マイナス金利導入の背景

インフレ率と失業率の関係を示すフィリップス曲線は80年代まで両者間の明確な負の相関関係(トレードオフ)を示していたが、長らくデフレ状態が続く間にフィリップス曲線は下方にシフトし、また(依然としてアメリカに比べ、負の関係にはあるものの)両者の関係性は弱まってきている(フィリップス曲線のフラット化)。

このフィリップス曲線の変化に対する理論的根拠の一つに低位の期待インフレ率がある。すなわち、労働市場(経済環境)の改善だけではインフレ率の上昇は期待できず、期待インフレ率の上昇によってフィリップス曲線そのものを上方にシフトさせることが必要となった。

このため、日銀は2013年4月から量的・質的金融緩和政策(QQE)を開始し、段階的にその規模を拡大させ、一時的にはインフレ率、期待インフレ率ともに上昇したが、その後の企業の賃上げへの波及ペースの鈍さ、油価格の騰落などにより、伸び悩みが続いた。そこで、期待インフレ率を上昇させる追加的な政策手段として、今回のマイナス金利導入に踏み切った。

QQEやマイナス金利政策は直接的には総需要曲線に影響を与えるという意味で総需要管理政策である。ただしこれらの政策により、期待インフレ率を高め、フィリップス曲線(もしくはインフレ型総供給曲線)を上方にシフトさせようと意図しているという意味では、サプライサイド政策の側面も含んでいると解釈できるかもしれない。

■鍵はわれわれの心理状態?

政策の効果が波及するチャネルの一つに、われわれの心理状態(期待)がある。経済に大きな影響を及ぼす金利はマイナス金利が適用される名目金利ではなく、それから期待インフレ率を差し引いた実質金利である(フィッシャー方程式)。

前例のない規模のQQE、マイナス金利の導入にも関わらず、国民のインフレ予想や消費者マインドに関する各種指標は芳しくない。これはわれわれの期待インフレ率の低下により、実質金利が十分に低下せず、一連の政策が本来、実体経済に及ぼすプラスの効果を減退させている可能性があることを意味する。換言すれば、われわれが明るい見通し(期待)を持てば、その期待が自己実現して日本経済が好転する可能性がある。

無論、政策当局にはわれわれが明るい期待を持てるだけの政策づくりが求められるが、今後の日本経済のゆくえを左右するのは、われわれの考え方、心理次第なのかもしれない。

=埼玉新聞経済面 県内大学発「経世済民」=