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2016.7.14

戦争と平和と世界中央銀行

奥山忠信

埼玉学園大学経済経営学部教授

奥山忠信

おくやま・ただのぶ 50年生まれ。東北大学経済学部卒経済学博士(東北大学)埼玉大学経済学部教授、上武大学学長を経て現在。著書『貨幣理論の現代的課題―国際通貨の現状と展望』(社会評論社)『貨幣理論の形成と展開―価値形態論の理論史的考察』(社会評論社)『ジェームス・ステュアートの貨幣論草稿』(社会評論社)『富としての貨幣』(名著出版)

■貨幣問題が大戦要因

第二次世界大戦の原因の一つとして、貨幣の問題が挙げられる。1929年の世界大恐慌の後、国際通貨システムとしての金本位制が崩壊し、帝国主義列強が植民地を囲い込んだブロック経済を形成し、戦時経済体制を確立する。戦争はこの帰結だと考えられるのである。

第二次世界大戦後、国際通貨システムとして、IMF(国際通貨基金)が設立された(46年)。国際通貨は金かドルであり、各国は国際通貨に対して固定相場制でリンクすることとなった。日本は占領下にあり、1ドル=360円となる。円の360度がそのまま為替レートになったという風聞が、まことしやかにささやかれた。

第二次世界大戦後、ヨーロッパも日本も焼野原。世界の金はアメリカに集中した。多い時期は70%の金がアメリカに集まった。アメリカは国内法によって1トロイオンス(約31グラム)=35ドルと決めていた。世界各国は、自国通貨をドルとリンクする固定相場制を取り、各国が金を必要とする時はアメリカの国内法にしたがって、各国の通貨当局がドルを金と交換することができた。

第二次世界大戦後の国際通貨システムは、IMF協定とアメリカの国内法の合作であった。この体制は1971年のニクソン・ショックで崩壊する。金とドルとの兌換が、アメリカの大統領令によって停止されたのである。以後、国際通貨金融システムは混乱を繰り返している。

■人工通貨の発行案

ところでIMF制定を決めたのが、1944年のブレトンウッズ会議である。この会議にイギリス代表として登場したのがケインズであった。彼の『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)は、アダム・スミスの『国富論』(1776年)やマルクスの『資本論』(1867年)と並ぶ、経済学説史上の金字塔である。

ケインズは、戦争で荒廃した大英帝国の威信を背負っていた。アメリカ代表はホワイトという人物であった。金とドルが国際通貨になることは、ポンドの凋落を意味する。ホワイトに対するケインズの案は、バンコールという世界共通の決済通貨の発行であった。国際清算同盟を設立し、バンコールという人工的な通貨を作り、これによって国際的な決済システムを作ろうとするものであった。

バンコールは、金とのつながりは希薄である。最初のバンコールは無から有を作り出すように作られる。そして金をバンコールと交換することは可能だが、バンコールを金と交換することはできない。この人工的な決済通貨は、IMFの特別引き出し権SDRや欧州単一通貨ユーロの前身であるecu(エキュ)につながる。

人工的な通貨の前提条件について、ケインズは強く主張する。戦争を絶対にしないこと、である。人工的な世界共通通貨は戦争をしないことで初めて成り立つ。欧州単一通貨ユーロもまた、真の狙いは戦争の防止であると言われる。ケインズの提案は、控えめに用途を決済通貨に限定されたバンコールであった。しかし、欧州中央銀行がユーロを発行するように、世界中央銀行が世界共通通貨を発行する姿が本来の国際通貨システムである。その条件は、ケインズの言うように絶対的な平和である。

=埼玉新聞経済面 県内大学発「経世済民」=