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2016.7.28

大学で学生と取り組む里山再生

伊藤雅道

駿河台大学経済経営学部教授

伊藤雅道

いとう・まさみち 59年生まれ。東京農工大学農学部卒。東京農工大学大学院連合農学研究科博士課程修了。農学博士。森林総合研究所主任研究官などを経て、08年より現職。専攻は土壌動物学、生物多様性学。著書は「土壌動物学への招待」(東海大学出版会、分担執筆)など。

■里山の危機

「里山」という言葉、戦後にできた新しい言葉であることはご存知だろうか? 日本における森林生態学のパイオニアの一人である四手井綱英先生が今日的な意味での里山という概念を定義したとされている。

だが、里山は数千年前から日本人と共に存在し、今日まで維持されている。おそらくかつてはあまりにも当たり前な存在であったため、それを示す言葉がなかったのであろう。そう、それが当たり前でなくなり、存在の危機が迫ったこの時代に初めてそれを示す言葉が生まれたわけである。

里山の危機とはなんだろう? これを理解するには生態学という学問の概念である「生態遷移」についての理解が欠かせない。生態系は時間とともに変化し、その変化には方向性がある。

例えば埼玉県あたりで仮に全く生物のいない裸地があったとして、これを観察するとまず寿命の短い1年生草本の草原になり、やがてススキ、カヤのような背の高い多年生草本の草原、そして二次林と呼ばれる落葉樹の明るい林になり、最後には自然林とか原生林と言われているタブやカシのような冬でも葉の落ちない薄暗い林になる。ここまで数百年かかると推測される。

■雑木林は文化遺産

さて、里山とは人と自然との相互関係で成立してきた色々な生態系の総称で、ため池、用水路、水田や畑、竹林、用材林、採草地などはこの一部であるが里山の主体となるのは薪炭林とも呼ばれる雑木林である。雑木林は生態遷移では途中の段階である二次林であり、関東平野では通常、コナラ、クヌギ、クリなどの落葉広葉樹の明るい林となる。雑木林を守ろうとして人の立ち入りを禁止すると、上で述べた生態遷移が進み、やがて薄暗い常緑広葉樹林になってしまう。

昔の日本人はこの雑木林に立ち入り、適度な間隔で間伐してこれを燃料にし、落ち葉を集めてきて堆肥を作った。この活動が実は生態遷移の進行を止めることとなり、雑木林は長年にわたって維持されてきたわけである。だから、雑木林は数千年にもわたる日本人の営々とした活動によって維持されてきたいわば文化遺産でもある。

里山の危機とは住宅地化などの問題もあるが、立ち入りや間伐を行わなくなったせいで遷移が進行して常緑樹林に変わってしまうことが大きい。

■駿大の里山

さて、著者が勤務する駿河台大学は今でも里山生態系が残る加治丘陵の一角に建っており、里山林に広大な敷地が広がっていて、「駿大の里山」と呼ばれている。ここで月1回のボランティア作業で学生たちと森に入り、間伐作業をし、荒れてきてしまった里山を再生させる活動を行っている。

大学のキャンパスから一歩駿大の里山に入ると延々と美しい雑木林が広がっている。早春にはスプリングエフェメラルと呼ばれる草花が咲き乱れ、春が来ると日々色を変える美しい新緑、梅雨時の深まる翠嵐、秋の紅葉と色とりどりの木の実、冬の優しい木漏れ日。同じ日は二日とない四季の変化を楽しむ。これが著者の夢である。

=埼玉新聞経済面 県内大学発「経世済民」=