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2016.8.2

消費増税再延期に思う

須藤時仁

獨協大学経済学部教授

須藤時仁

すどう・ときひと 62年生まれ。英ウォーリック大学大学院修了、博士(学術)(横浜国立大学)。12年独協大学経済学部教授。日本経済論・理論経済専攻。主な著書に、『国債累積時代の金融政策(共著)』(日本経済評論社)、『日本経済の構造変化(共著)』(岩波書店)など。

安倍首相は6月1日に消費税率の2%引き上げを2019年10月まで再延期することを表明した。これは国民負担の軽減につながるのだろうか。国の債務という視点からこの問題について考えてみよう。

■国の債務を実感してみると

国の債務の大部分が普通国債である。16年度末の普通国債の残高は約838兆円に達する見通しであり、これは一般会計税収の約15年分に相当する。つまり、国の税収を社会保障などに使わず全て国債返済に充てても、完済するまでに約15年もかかるということである。

また、この国債残高を国民の数で割ると1人当たりの残高は約664万円になり、3人家族を1世帯として考えると、各世帯から約1992万円を借りているということになる。

■国が債務を返済すると

それでは、この債務を返済するためにどれだけの国民負担が生じるのだろうか。国の債務返済の原資は言うまでもなく税収である。したがって、この債務を完済するためには、国民1人当たりで664万円(3人家族で1992万円)の税金を課さなければならない。しかし、国民すべてが664万円以上の年収があるわけではないので、税金は預金などの資産に課さざるを得ないだろう。つまり、国民1人当たり664万円の資産が税金として徴収されることとなる。

現実には法人(企業)も課税対象となるため、個人のみから徴収されるわけではない。しかし、それでも個人と法人の双方から総額838兆円の資産が税金として徴収され、消えることになる。逆に考えれば、これは国の債務により民間の資産が838兆円分かさ上げされていることを意味するのだから、日本経済はまさに国債累増による資産バブルが生じていることになる。

■増税再延期はどれだけ意味があるのか

このような話をすると、「国の債務を国民から賄っている限り、債務返済のための税収は国債保有者に支払われるのだから、国全体としてはプラス・マイナスが相殺されるのではないか」という反論を受ける。

しかし、仮にすべての国民が664万円分の国債を保有しており、その国債を国に返せば税金は課されないと考えてみよう。この場合、国民は「現金」の代わりに「国債」という金融資産で税金を支払ったのだから、手元から664万円分の資産がなくなったことに変わりはない。

この考え方は「公債の中立命題」と呼ばれる。政府の債務返済の原資は税金なのだから、財政赤字を増税で賄おうと公債発行(債務)で賄おうと、将来世代を含めた究極的な国民負担は同じということである。

日本経済への悪影響をおもんぱかって安倍首相は消費増税の再延期を打ち出したのであろうが、この考え方に従えば、増税再延期は国民負担の軽減につながらない。社会保障関連の支出増は避けられないのだから、14年4月に税率を10%に引き上げておけばよかったのではないだろうか。

=埼玉新聞経済面 県内大学発「経世済民」=