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2016.8.11

「渋沢栄一の思想」

大江清一

埼玉学園大学経済経営学部特任講師

大江清一

おおえ・せいいち 52年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。埼玉大学経済科学研究科博士課程後期修了。博士(経済学)。第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)などを経て、16年から現職。専攻は経営学、金融史。 主な著書『銀行検査の史的展開』(時潮社、11年)など。

■商売に秩序と規律

埼玉県民が誇る郷土の偉人に渋沢栄一という企業家がいます。渋沢は天保11年(1840年)に武蔵国榛沢郡血洗島村(現在の深谷市)に豪農の長男として生まれました。彼は幕末から昭和にいたる波乱に富んだ91年の生涯を、討幕の志士、幕臣、大蔵省(現在の財務省)の官僚、銀行家として生き抜き、「日本資本主義の父」と呼ばれるほど日本経済の発展に尽くした人物でした。

渋沢が今でも企業トップの尊敬を集め模範とされるのは、500社に及ぶ会社の創立と育成に携わった実績だけでなく、その思想が現代の経営者の心をとらえて離さないからだといわれています。渋沢の思想は「道徳経済合一説」、「義利合一説」あるいは「論語と算盤」という言葉で要約されるように、利益を追求する商売の世界に秩序と規律を重んじる考えを取り入れたものでした。

■「義利合一」の考え方

渋沢は若い頃から漢籍を多く学びましたが、その中でも『論語』は、孔子による儒教思想の真髄を凝縮した古典として渋沢が生涯を通して研究し続けたものでした。渋沢の思想的淵源はこの論語に求められます。

『論語講義』という著作において渋沢は、論語の500章全てについて論語解釈の通説に配慮しながらも自身の考え方を明確に打ち出し、人生経験のエピソードを交えて詳細な解説を加えています。渋沢がこの著作の中で強調した点は多くありますが、今回ご紹介するのは「義利合一」、「道徳経済合一」という考え方です。

義利という文字を見ると義理の間違いではないかと思われるかもしれません。しかし、これは義理と人情、義理の母という使い方にみられるような、人と人のしがらみや血縁者に近しい関係などを表す言葉ではありません。

商売をする上で求められる「義」、つまり「一定の秩序と規律からなる商売上の道徳」が守られてはじめて真実の「利」が得られるのであり、そうでない場合に得られた利は私利あるいは浮利に過ぎないというのが義利合一の考え方です。商売をする場合は義をもって真利を求めるべきであり、決して義をないがしろにして私利や浮利を追うべきではないというのが「義利合一説」の教えなのです。

■企業経営に最も重要なこと

しかし、渋沢は決して清貧を勧めているわけではありません。義に則って商売する限り富は大いに得られるべきであり、そうすることによって企業も世間も一国の経済も発展するというのが渋沢の考え方です。この点に、偉大な企業家であり日本資本主義の父と呼ばれた渋沢の面目躍如たるものがあるといえるでしょう。

バブル崩壊後、私利や浮利を追った企業の多くが破綻し、企業不祥事が頻発する事態を経験した日本では今日、企業経営におけるコンプライアンス(法令遵守)の重要性が見直されています。しかし、現在から遡ること約140年前、日本資本主義の黎明期から企業の創立や育成に携わってきた渋沢栄一は、現代日本の有様を予見するかのごとく、企業経営にとって最も重要なことを、すでに私たちに教えてくれていたのです。

=埼玉新聞経済面 県内大学発「経世済民」=