埼玉新聞ロゴ

2016.9.6

日本の武器輸出は行き詰まる

本田浩邦

獨協大学経済学部教授

本田浩邦

ほんだ・ひろくに 61年大阪生まれ。一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。現代アメリカ経済論専攻。共著に『現代アメリカ経済分析――理念・歴史・政策』日本評論社、2013年。

■変貌する世界の武器市場

日本が本格化しようとしている武器輸出は日本の軍需産業にとっても賢明な方策ではない。

今日、世界の武器市場では、輸入国が武器輸入と引き替えに、欧米の軍需企業に対し様々な経済開発への協力を求める動きが広がっている。これを「オフセット取引」という。2006年にサウジアラビアは米国レイセオン社からレーダーやミサイル防衛システムを輸入する代わりに、エビ養殖業への支援を求めた(このプロジェクトは失敗に終わったそうである)。

またチュニジアは輸送機の輸入と引き替えにオリーブオイルの購入を求めた。オフセット取引で、11年にロッキード・マーチン社は363億ドルの武器販売に対して270億ドル、ボーイング社は318億ドルの売却に対して126億ドルが「オフセット債務」を負った。「債務」といっても、実際にはサービスである。

■煮え湯を飲むのは日本企業

日本の企業が単独で武器輸出する場合には、単独でオフセット債務を負うことになる。日米企業がジョイントで武器輸出する場合、おそらく米企業は、現在の膨れあがったオフセット債務の一部を日本企業に肩代わりさせようとするであろう。日本企業が望まない理不尽な契約が輸入国、提携企業双方から出されることが予想される。

現在、米軍需産業は、オフセット取引だけのためにスタッフを多数そろえ、武器を輸入する途上国はオフセット・スキームづくり専門の官庁を作って対応している。無防備な日本が武器輸入国と欧米の巨大企業との間の板挟みで煮え湯を飲まされることは容易に予想できる。はたして日本にそのような動きに追随するメリットがあるかどうか、経営者は真剣に考えるべきである。

■真の抑止力を破壊する

米国政府は武器を輸出する際に、軍事的なバランスを考慮し「抑止力」を適切に配置するために行っていると常に説明してきた。日本も武器輸出に乗り出すならば、同様の説明をするであろう。

しかし、戦後の東アジアの平和と安定を維持し、軍事紛争の再発を抑えた真の抑止力はなんだったのか。

ロンドン大学の歴史学者マイケル・ハワードは、二つの大戦は欧州の文化に深刻な変化をもたらし、欧州諸国はもはや戦争を「政治の道具」とさえみなさなくなり、ドイツは周辺国よりも平和的となったと書いている(『ヨーロッパにおける戦争』)。つまり二つの大戦の惨禍の記憶が欧州に再び戦争の惨劇を繰り返さない抑止力として作用したというのだ。

東アジアではどうか。確かに第二次大戦後、朝鮮戦争があり、現在でも北朝鮮の問題、領土問題などさまざまな争いはある。しかし私は、東アジアでも欧州と同じ力学が微弱な程度ではあれ働いており、本格的な国家間紛争を未然に防ぐ要因として、かつての戦争の記憶が諸国民の感情の深層で働いていると考える。日本の武器輸出の本格化はそうした東アジアの安定を損ない、近隣諸国の警戒感をあおる。それは日本の企業にとってマイナスである。

=埼玉新聞経済面 県内大学発「経世済民」=