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2016.10.18

説得するより納得し合う

堀恭子

聖学院大学人間福祉学部准教授

堀恭子

ほり・きょうこ 横浜国立大学大学院、修士、博士後期課程修了 博士(学術)横浜国立大学他非常勤講師、聖学院大学特任講師を経て2016年より現職。専門は臨床心理学。臨床心理士・神奈川県臨床心理士会理事、キャリアコンサルタント、公立学校スクールカウンセラー、介護こころ相談室カウンセラー。

■話し合いを始める難しさ

アメリカ大統領選挙が終盤を迎えている。大統領候補の直接対決の場である討論会で、聴衆からの「論戦ばかりでなく、前向きなこととしてお互いの尊敬できるところを挙げてもらいたい」とのリクエストに両候補が応じる場面があり、視聴者に「候補者の人となり」を印象付けた。

さて、このような討論とまではいかなくても、何かの問題について話し合うことは、日常生活でも起こりうることだ。課題解決したいという意思や結論を出す必要性によって話し合いは始まるが、始まりのきっかけをつかむのは存外難しいし、互いに納得できる結論を得るまでの道のりはそう平たんではないように思う。

話し合いを提案する側は、話し合う必要性を感じてその内容について考えを巡らせており、心の準備はある。結論のようなものもあるかもしれない。では、話し合いの提案を受ける側はどうであろうか。受ける側が「自分も話し合いたいと思っていた」のであれば、二者は対等に話し合いに臨め、対話といえる状況になるだろう。

しかし、何かの不都合は感じていても、その人にとって話し合いの機は熟していない場合や、その話題が取り上げること自体思いもよらぬ場合には、準備もなく土俵に立たされた気持ちになるだろうし、不安や心細さから攻撃された思いがするのではないだろうか。人はえてして攻撃されると身構えて、対話できなくなり反論に徹するようになるだろうし、最悪の場合は拒絶という形で自分を防御することもあるだろう。

■提案し合える関係

私たち日本人は議論が下手だといわれる。最近は中学校でもディベートの授業が行われるくらいで、自分の考えを主張する重要性が言われるようになった。自分の考えを言葉にして伝えることはとても大切だ。

しかし、「自分の主張を相手に認めさせる」ことばかりに気をとられると、自分の主張が相手にどのように届いているかの分析がおろそかになり相手から発せられる反論や疑問に応えることもできなくなって、不毛な議論が繰り返される。

持論で相手を「説得」したとしても、相手が「納得」して動ける保証はない。むしろ、スキのないデータや論理を一方的に示すだけでは議論相手に近づくことはできない。自分の主張を拒絶されてしまうと議論にならないし、相手の考えを理解したところから、考えの異同に気づくことができるであろう。互いに相手の主張を受け止めながら進む議論こそが実りのある結果を生む。

一方的な説得ではなく、互いに納得できる合意からこそ理解が深まり、議論終結後にも相手との関係を良好な形で継続することを可能にすると思う。課題に直面した時、相手の欠点をあげつらうのではなく、解決のために自分ができることを双方から提案しあえる関係を目指したい。

=埼玉新聞経済面 県内大学発「経世済民」=