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2016.12.20

絵本に学ぶ死と生

村上純子

聖学院大学こども心理学科准教授

村上純子

むらかみ・じゅんこ 慶應義塾大学文学部卒。ホイートン大学大学院修士課程修了。聖学院大学大学院博士課程後期修了。学術博士。聖学院大学准教授。臨床心理士。赤坂グリーフケアルームにて心理相談も行っている。専門は家族心理学、死生学。主な著書に「子育てと子どもの問題」(キリスト新聞社)など。

■アナグマの手紙

「わすれられない おくりもの」(スーザン・バーレイ作・絵、小川仁央訳、評論社)という絵本がある。森の長老的な存在のアナグマが自分の死期が近いのを知り、他の動物たちに手紙を書くところから始まる。その夜、アナグマは旅立ち、残された動物たちは深く悲しみ、冬の間それぞれ悲しみ嘆いて過ごす。

しかし、春が来て、皆がまた顔を合わせるようになると、アナグマが自分にしてくれたことを分かち合いながら、アナグマが素晴らしい贈り物を遺していってくれたことに気づき、アナグマを失った悲しみを乗り越えていく、というストーリーである。

この絵本はグリーフ(大切な人を失った体験を心に収めてその悲しみを乗り越えていくこと)という観点から語られることが多い。

人は死んでも、その人の遺してくれたもの―その一つ一つはものすごく特別なことではないが、生活を豊かにするアイディア、工夫や知恵、あるいはただそばで見守り勇気や励ましを与えてくれていたこと―があるのだという、残された者へ慰めのメッセージである。

■何を遺せるのか

しかし、この絵本はもう一つの大事なことを教えてくれる。死にゆく者、つまりアナグマの視点から読むことで、いつか来る自分の死に向き合い、自分が死ぬ前に何をなすべきか、何を遺せるのかを考えよ、と。

アナグマは自分に残されている時間がそう長くはないことを知って、自分の人生を振り返る。彼はこうだったらいいのにと思うことはあるが、でも自分の状況を受け入れて、死を覚悟するのである。

では、私たちはどうだろうか。今までの自分の歩みや人生を振り返えれば、良かったことも悪かったこともあるだろう。しかし、良いことも悪いことも成功も失敗も、全て今の自分を形成しているのだと自分の人生を受け入れられるだろうか。あるいは、私たちは家族や周りの人々にどんな贈り物を遺していけるだろうか。

私たちはものすごく偉大な人物ではないかもしれない。あるいは莫大な財産を遺せるほどの大金持ちではないかもしれない。でも小さな贈り物ならば残せるはずである。おふくろの味であったり、どこかに一緒に行ったり、一緒に笑い合った思い出であったり、それら一つ一つが大切な贈り物であり、「わすれられないおくりもの」になるのである。

■生き方を見つめなおす

絵本には人生の知恵、人の心の真実が詰まっている。この絵本には喪失体験を乗り越える手助けと自分の生き方を見つめなおす手がかりがある。

最後に覚えておくべきことは「それでも世界は続いていく」ということである。アナグマが死んだ後も、動物たちの生活は続いていく。それはアナグマがいた時とは違う生活にはなるが、アナグマの遺してくれた贈り物で互いに助け合い、慰め合いながら、いつもの日常に戻っていくのである。そうやって命はつながっていく。自分の死を意識し、死があるからこそ生きていることを大切にする、そんな生き方をしたいものである。

=埼玉新聞経済面 県内大学発「経世済民」=