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2017.2.21

ドーピング問題を考える

麻場勇佑

駿河台大学経済経営学部講師

麻場勇佑

あさば・ゆうすけ 86年生まれ。日本大学経済学部卒。日本大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。経済学修士。14年4月から現職。駿河台大学陸上競技部副部長。専門は会計史、管理会計論。主な著書に『会計のリラティヴィゼーション』(共著、創成社)、『簿記の基礎テキスト』(編著、創成社)など。

■なぜ今メダルはく奪

 先日、北京五輪400メートルリレーにおいてのジャマイカ(ネスタ・カーター選手)のドーピング違反が発覚し、金メダルがはく奪となりました。分析技術の進歩により、今になって過去の違反が発覚するケースが相次いでいます。これに伴い、歴史に名を刻んだ同大会の日本チームの銅メダルが銀メダルへと繰り上げになりそうです。

 ドーピングは確かに競技力を向上させますが、リスクもあります。禁止薬物は副作用を伴うことが多く、過去には亡くなった選手もいます。また、ドーピング発覚後の出場停止処分もリスクです。では、なぜそのようなリスクがあるにもかかわらず多くの選手がドーピングに手を染めてしまうのでしょうか。

 ■アスリートの収入源

 国際大会で好成績を残すことによって金銭的なメリットを得ることができる、というのが大きな理由の一つです。報酬の出どころは主に3カ所です。まずは、国からの報奨金です。五輪で金メダルを獲得すれば、1億円近くの金額をもらえる国や、一生の生活を保障されるような国もあります。続いて各国のオリンピック委員会や各競技団体からの報奨金です。3つめは企業からです。自らの所属する、もしくはスポンサーとなっている企業から報奨金がもらえます。

 さらに、メダルを獲得することによって自身の商業的価値が上がることも、大きな金銭的メリットです。

 ■複雑な要因

 活躍した選手が金銭的なメリットを得られる背景には、「自国の結果を少しでも良くしたい」、「自社の商品のイメージを高めるためにもスポンサーになっている選手に活躍してほしい」、「新たな広告塔となる選手を発掘したい」などの金銭を提供する側の思惑があります。

 五輪は平和の祭典といわれていますが、一部の国において国威発揚の道具となっていることは否めません。そのような国では金銭的な保障も手厚いですし、組織的な不正も行われているといわれています。その最たる例がロシアでしょう。

 スポーツ市場の巨大さも、一部の選手をドーピングに走らせる要因です。スポーツが産業として成立して以降、その市場は拡大し続けています。スポーツ市場が巨大になればなるほど勝利から得られる報酬も大きくなり、一部の選手を金銭的に誘惑します。

 また、ドーピング問題を語る上で欠かせないのが貧困問題です。世の中には、貧しく教育もまともに受けられない人々が大勢います。それらの人々にとって、スポーツとは限られた人間にしか得られない、数少ない貧困から脱出する術なのです。生活の基盤が確立されている人々がスポーツに求めるものと、貧しい人々がスポーツに求めるものは大きく異なるということも現実です。

 本稿で紹介したのは問題の一端に過ぎません。ドーピングが横行する背景にはたくさんの要因が複雑に絡み合っています。倫理的な是非だけでなく、大局的にこの問題を考えていかねば解決できない問題なのではないでしょうか。

=埼玉新聞経済面 県内大学発「経世済民」=