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2017.3.7

メイカームーブメントの衝撃

小林哲也

独協大学経済学部経営学科教授

小林哲也

こばやし・てつや 56年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経営学・多国籍企業論など担当。半導体製造装置などのハイテク産業研究がテーマ。

2016年4月から半年間、学外研修という制度でアジアとヨーロッパの企業・大学を回ることができた。今回はその中で印象的だった中国広東省・深※での経験を紹介したい。

皆さんは「メイカー(ズ)・ムーブメント」という言葉をお聞きになったことがあるだろうか。シリコンバレー発の動きで、インターネット上のコモンズ(公共領域)にある回路図や設計ソフトと3Dプリンタなどのツールを使い、小規模な「工場」を立ち上げる流れのことである。

かつては高価な金型などを起こさなければ作れなかった部品が、個人のパソコンにつながれた「プリンター」や「カッター」で作成することが可能になった。深※で、こうした電子部品の生産・組み立てに関わる大中小の企業が、陸続と登場してきている。

■活況を呈する深※

現在中国経済は、不動産バブル崩壊の恐れや過剰生産などの問題が目白押しで、「新常態」という名の相対的な低成長を強いられている。広東省でも東莞などのかばん工場街では、輸出が低迷して閉鎖された多くの工場を見かけた。しかし深※では依然として不動産価格は上昇し、新しい工場が次々と建設されている。

もともと深※は、香港に進出した日本企業向けの加工組み立てから出発した街である。最近では、山塞機と呼ばれた格安携帯電話の生産基地としても有名になった。山塞機とはノキアなどの有名メーカーの製品をコピーした電話機のことである。

当然違法ではあるが、標準的な通信機器部品やモジュール生産の集積が、一気に実現した。市内の華強北という地区がいわゆる秋葉原のような電気街になっているが、チップや抵抗などの部品を売る店からスマホなどの完成品を売る店までが、桁違いの数で集積している。

この街で、大企業の下請けにとどまらないハードウェア生産の新興企業が立ち上がっている。ドローン企業DJIが、その代表例である。もともとドローンは日本のヤマハ発動機の農薬散布用ヘリなどで、20年以上前から実用化されていた。しかし、システム価格は1千万円以上した。現在のドローンは産業用の本格的なものでも、その数十分の一の価格で入手できる。電線や高架橋などの地道な点検はもとより、MTVやドキュメンタリー撮影などでの立体的な撮影でも、ドローン利用の恩恵はわれわれの社会に浸透しているといっていい。

■エコシステム

部品生産・組み立てといった産業基盤から、アイデアやソフトの交流を可能にするコミュニティの存在、さらには起業を支援するクラウド・ファンディングの仕組みまでが、深※に整いつつある。起業の多くは二番煎じかもしれない。しかし就職難ということもあってか、優秀な学生の中からも、国営企業などへの就職ではなく、起業を志向する人物が出始めているとのことである。この深※のエコシステム(ビジネス生態系)は、研究する価値があり、日本の企業にとっても参考になることは間違いないだろう。

※は「土」偏に「川」

=埼玉新聞経済面 県内大学発「経世済民」=