幻の地鶏「効率より味」 埼玉唯一「タマシャモ」 養鶏農家は2戸のみ、取扱店も限られる 半年かけ伸び伸び飼育 性別によっても合う料理が変わる
陽光を受けた羽が赤銅色に輝いている。近づくと、うろこに覆われた2本の脚で力強く駆け出した。県唯一の地鶏「彩の国地鶏タマシャモ」。養鶏農家は2戸のみで、取扱店も限られる幻の地鶏だ。
「ほかにはない味を、他県にない鶏を作るという気概でやってきた」。坂戸市の養鶏農家・尾島一正(67)は語る。
「自然に近い環境で野性味を引き出すため」に放し飼い。ストレスなく動き回ることで引き締まった歯応えのある肉質となり、臭みを感じさせないコクとうま味の詰まった味わいになるという。一般的な地鶏の平均飼育日数は120日だが、尾島のタマシャモは180日と、じっくり育てているのが特徴だ。「経済効率よりも味にこだわり、ここに来るまでに30年かかった」と振り返る。
都内で料理の修業を積み、25歳で地元・坂戸に中華料理店を開業した尾島。5年ほどたち、「将来のために何かやろう」と廃鶏(卵を産まなくなった鶏)を100羽購入した。放し飼いにすると、3カ月ほどで見違える姿となり、再び卵を産むように。
放し飼いに可能性を見いだした尾島は、県養鶏試験場(現・農業技術研究センター)が開発した鶏を知る。タマシャモとの出合いだった。
初めは「中華料理屋のおやじに飼育は無理だという目で見られた」。タマシャモは飼育が難しい上に、調理法が確立されていないことから活用が広がらず、生産をやめる農家も多かった。だが、尾島には自信があった。「実家は農家で農業のベースがある。料理人として、どういった肉がいいか生産者とは違った視点も持っている」
試行錯誤の日々が始まった。「国産鶏と呼ぶからには餌も国産に近づけたい」との思いから、配合飼料に国産玄米を混ぜ、キュウリやハクサイなど季節の野菜も与える飼育法にたどり着いた。「栄養学的には関係ないが、最終的には人間の血肉になるもの。食材に対する敬意が根底にある」
タマシャモのポテンシャルを最大限に引き出す調理法も考えた。「季節やタマシャモの性別によっても、合う料理が変わる」。冬場の雌は脂がつくことから鍋に、雄は肉質がサイコロステーキに向くという。
現在は月平均で650羽を出荷する。「地鶏はその県の食文化の顔のような存在。ここまで諦めずにしつこくやってきた。タマシャモを守り、残していきたい」(敬称略)
■うま味、一般の鶏の1・7倍
県農林部畜産安全課によると、タマシャモの原種開発は約半世紀前から開始された。県養鶏試験場が大シャモ、大和軍鶏(ぐんけい)、ニューハンプシャー種を交配し、1984年に世に出た。今年で誕生から40周年を迎える。
タマシャモは歯応えと濃厚なうま味が特徴の肉用鶏で、うま味成分は一般的なブロイラーと比較し、1・5~1・7倍になるという。
県がタマシャモのひなを年間約2万羽供給し、おじま自然農園(坂戸市)とレッドプルーム(深谷市)が生産。県立川越総合高校(川越市)でも授業の一環として飼育されている。大型の地鶏のため、取り扱いができる食鳥処理場が限られるなどの課題もあり、サイボク(日高市)などの県内一部店舗のみが販売。提供店も県内のホテルやレストラン、東京都内の地鶏専門店など限られている。
タマシャモは食肉用だが、県は2021年度から、タマシャモを基にした卵肉兼用種の開発を進めている。23年には肉質・産卵能力に優れ、ケージ飼育に適したサイズの候補鶏を決定した。
現在、希望農家による候補鶏の試験的飼育を実施中。26年度に供給を開始したい考えで、今後は、タマシャモと卵肉兼用鶏2種類のブランド展開を目指していく。