埼玉新聞

 

新時代を代表するミステリー作家と「魂」を描く漫画家の幸福な出会い 『ガス灯野良犬探偵団』作者インタビュー

  • (C)青崎有吾・松原利光/集英社

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 英国の作家コナン・ドイル(1859~1930年)が生み出した「シャーロック・ホームズ」。そのホームズが探偵を志してから150周年とも言われる2024年、注目を集める漫画がある。ホームズの仕事を手伝う少年リューイを主人公にした『ガス灯野良犬探偵団』(集英社)だ。原作は、小説『地雷グリコ』(KADOKAWA)で今年の山本周五郎賞などを受け、直木賞にもノミネートされた青崎有吾(あおさき・ゆうご)さん。作画は、ボクシング漫画『リクドウ』(集英社)などで知られる松原利光(まつばら・としみつ)さん。2人にインタビューすると、作品を引き立て合う相乗効果が見えてきた。

 【あらすじ】

 舞台は、数十万人の貧民が暮らしていた、19世紀のロンドン。路上生活をするリューイは、同じ境遇ながら面倒見のいい少女ニナを頼って生きていた。ある日、何者かによってニナが刺殺され、リューイはその犯人を追う中で、ニナの雇用主だったホームズと出会う。ニナに代わってホームズの仕事を手伝う「野良犬(イレギュラーズ)」として雇われたリューイは、中国マフィア「磁刀会」を抜けた少年ジエン、サーカスの軽業師を「先生」と慕う少女アビーと協力し、ホームズの下に持ち込まれる難事件に挑んでいく。なお、イレギュラーズはコナン・ドイルの正典シャーロック・ホームズシリーズにも登場する子どもたちで、『緋色の研究』ではホームズから「警官一ダースよりもあの子たちひとりの方がよほど役に立つ」「あの子らはどんなところにでも入り込めるし、どんなことでも聞いてくる」と高く評価されていた。『ガス灯野良犬探偵団』はそのイレギュラーズから着想を得た作品。

【目次】

(1)原泰久先生も「涙が出そうに…」

(2)セリフはいらないんだ

(3)工夫された漫画表現に注目

【(1)原泰久先生も「涙が出そうに…」】

記者  第1話からインパクトの強い物語です。リューイが唯一の「家族」だったニナをいきなり失う展開もそうですが、ホームズが悪者っぽく描かれているのに驚きました。

青崎  ホームズは、パロディー作品でもスーパーヒーロー的に描かれることが多いですよね。そこをちょっとずらして、ヴィラン(悪党)的で、一筋縄ではいかず、何を考えているか分からないキャラクターにしました。

記者  第1話の冒頭で、靴磨きで生計を立てているリューイをいきなり蹴り上げるホームズ…。ただ、リューイは社会の底辺での暮らしを身につけているから、へらへら笑うしかない。切ないシーンです。

青崎  当時のロンドンには、すごくきらびやかな面と、汚い面があったわけです。そこは物語に関わってくる部分なので、忠実に描いています。その設定の上に、ホームズとリューイのいびつな師弟関係を重ねていく。シャーロック・ホームズを題材にした作品は世界中でたくさん生み出されているんですが、ストリートエリアの少年を題材にした作品はあまりなく、その席が空いているなと思い、このような物語にしました。

記者  その少年リューイは、第1話の終わりですでに、主人公らしい成長の片鱗を見せます。最後の場面で、ホームズから「僕が扱うのは人間社会の事件だけだ 野良犬の暮らしには興味ないね」と冷たく突き放されても、冒頭のシーンと異なり、ニナの代わりに自分を雇うように迫って「あんたからやり方 全部盗んでやる 喰らいつくしたら その時は殺す」と言い返します。

青崎  連載している「週刊ヤングジャンプ」は青年誌ですけど、自分の中では少年漫画を描いているような気持ちです。ただ、物語を構想している段階では、自分の中でもキャラクターがどういう人間かっていうのは固まっていませんでした。松原先生からラフ案をいただいた時に、その中の一つがすごくしっくりきて、そこから解釈が進んでいったという経緯があります。

記者  松原先生は、長く原泰久先生の『キングダム』のアシスタントを務められており、アナログっぽい作画が魅力の漫画家さんですよね。

青崎  そうですね。『ガス灯野良犬探偵団』にはアクションシーンが多いですから、アナログっぽい絵でアクションのうまい方がいないか、リクエストを担当の編集者さんに出しました。そしたら、すごい方が来てしまった…。

松原  いやいやいや(笑)。

記者  松原先生は、青崎先生の脚本を読んだとき、どのような感想を持ちましたか。

松原  当時連載していた『黒鉄のヴァルハリアン』が終わって、別の作品に取り掛かろうとしましたが、全然ネームが描けなくてどうしようかな…という時に担当編集者さんから「こういう脚本が上がってきてますよ」と声をかけてもらったんです。家に帰って読んだらめちゃくちゃ面白くてですね。とんでもない脚本に出会ってしまったなと。軽いノリでちらっと描いてみて、止まったらまた編集者さんに相談しようと思ったら、脚本に導かれるままネームが描き通せたんです。その時はシャーロック・ホームズをほぼ知らない状態だったのに…。

記者  するっとできたんですね。

松原  そうですね。ジャンルは全然違いますけど、『キングダム』の第1話ぐらいインパクトがあって、読者をぐいぐい引き込む力がある脚本だなと思いました。読者の方に早く読んでもらいたい!って思いました。

記者  それがあの、80ページ以上ある第1話ですね(笑)。

松原  はい(笑)。脚本を読んで、文章だけですごいと感じさせる作家さんって素晴らしいなと感動してしまって…。後でカットされるんじゃないかと身構えつつ、贅沢にページを使わせてもらいました。

記者  編集者さんとしては、どう思いましたか?

担当編集者  1話のページ数だけ見ると、週刊誌にしては確かに長い方ではあるかもしれません。基本論で言えば、長いと読者が疲れてしまったり、スピード感も落ちてきたりと読みにくくなる傾向があります。ただ松原さんのネームの持つ推進力がページ数を感じさせなかったですし、なにより削ったら不十分になるなという感覚がありました。そのまま連載会議に出したら通ったので、間違っていなかったと思いました。

青崎  僕も松原先生の第1話の原稿を見せてもらったとき、さすが『リクドウ』(※)の作者さんだと思いました。ニナが殺されて、スコットランドヤード(ロンドン警視庁)にその遺体が回収されるシーンとか、脚本だとすごくさらっと書いていたんです。それが本当に痛々しい描写になって…。やっぱり感情の出し方がすごいなと。

 ※『リクドウ』…虐待されて育った主人公のリクがボクシングでチャンピオンを目指す。悲惨な運命に振り回されながらも人間として成長していく物語。

記者  『ガス灯野良犬探偵団』を始めるにあたり、師匠である原泰久先生から何か言われたりしましたか?

松原  それが、たまたま連載会議の日に原先生たちと食事をしていまして。そのタイミングで編集者さんから「通りました」とお知らせをもらったんです。

青崎  そうなんですか! それはすごい偶然。

松原  原先生もシャーロック・ホームズは詳しくなさそうでしたけど、「ニナが死ぬシーンで泣きそうになった。これは通るでしょう」って。

青崎  原先生にもそう言ってもらえてうれしいです!

【(2)セリフはいらないんだ】

記者  連載が決まり、青崎さんと初めて会ったとき、どのような印象を持ちましたか?

松原  僕は小説家の方と会うのは初めてだったんですが、イメージ通りでした。頭いいな、知識半端ないなと。その時、『美味しんぼ』(小学館)が面白いという話になり、青崎先生が「『鉄鍋のジャン!』(秋田書店)も面白い」と紹介してくれたのを覚えています。僕は知らなかったんですけど、腕を折られても料理をするシーンがあると教えてもらって、確かに面白そうだなと。面白いと感じるポイントが近いかもしれないって思いました(笑)。

記者  感性が近いのは重要ですよね。

青崎  僕は、松原先生の作風から、エネルギッシュな方なんだろうなとか、エキセントリックな方だったらどうしようと思っていました。それが、すごく性格がいい方で…。救われたなという感じがしています。でもいまだに、どこかでキレさせたら怖いんじゃないかと心配していますが…(笑)。

松原  作風から、ゴリゴリのヒゲのおっさんが描いているんじゃないかと、よく勘違いされるんですよ。

記者  松原先生はこんなに優しそうな方なのに…。キレさせる心当たりがあるんですか?

青崎  例えば、「ここのコマの背景にビッグ・ベンがそびえ立って鐘を鳴らしている」とかいうト書きとか…。脚本だと1行で済む訳ですが、描くのはものすごい大変ですよね。本当に申し訳ないなと。

松原  そんなそんな。自分ではロンドンを描く機会を生み出せなかったので、描かせてもらえてわくわくしています。

記者  「週刊ヤングジャンプ新人漫画大賞スペシャルコンテンツ」の特別インタビューによると、青崎さんが「時々『あとのことは知らん』とシナリオ(脚本)に書いている」そうですが。

青崎  その部分はちょっとここで訂正してもらいたいんですが、それはプロットを作っている段階の話でして、脚本を書くときは固まっていますから(笑)。ただ、キャラの生い立ちや設定などで「未定」「これから決めます」と書くことはあります。

記者  松原先生をキレさせる心当たりの一つじゃなくて安心しました(笑)。

青崎  ビッグ・ベンもそうですが、登場人物同士が増えてくると、会話するシーンがどうしても多くなるので、ここでも大変な思いをさせているのではないかとは思っています。でも、松原さんに全部おまかせすると、すごく面白いカメラワークなどで盛り上げてくれる。難しいこともおまかせできるんです。

松原  そう言って頂いて、ありがとうございます。頭の中でホームズの部屋のそこら中にカメラを置きながら、苦労して考えている甲斐があります。

青崎  お礼に今度、真っ白い部屋で会話するシーン作ります…。

松原  (笑)。僕は青崎先生の脚本を、一つの無駄もない、考え抜かれたものだと感じています。伏線がたくさんあって、脚本を読み終わった後に「面白かった」って満足して、「あ、でもまだ僕、描いてないんだった」ってなるぐらい。

青崎  それは僕も同じで、漫画を一読者として楽しんでいます。

松原  セリフも絞られていて、勉強になります。第1話で言うと、リューイは元々、靴職人になりたいと夢見ていたんですが、その理由が、ニナがボロボロの靴を履いていたからなんです。普通、夢を語る時って「こうこうだから、こうなりたい」って熱いセリフが入るじゃないですか。それがないんです。セリフいらないんだ、大きいコマだけでいいんだって分かって。そうこうしているうちに結局、80ページになっちゃったんですが。

青崎  セリフはそうですね、小説と違って量を少なくしないといけない。脚本を出す前に、全部見返してとにかく削るってことをやっています。

記者  ここまでのやりとりで、お二人がリスペクトし合っているのが伝わってきました。しかし、週刊連載で原作と作画が分かれるのは、大変な部分もあるんじゃないですか?

松原  いや、むしろ作画にかけられる時間が4日から、5日に増えました。『リクドウ』の時は1人で考えてたんで、行き詰まってしまったこともありましたから。僕は、ボクシングの試合の勝敗を決めずに描いていることも多かったので…。

記者  そうだったんですか! 行き詰まったことがあるなんて、読んでいて全く気付きませんでした。

青崎  でも、考えまくっていたからこそ、結果的にあの魂のぶつかり合いのような作品が描けたのかもしれませんね。

【(3)工夫された漫画表現に注目】

記者  リューイたちの境遇は、松原先生が『リクドウ』で大事に描いた、虐待を受けた子どものその後の人生と、どこか通じ合っているように思います。他方で『ガス灯野良犬探偵団』は、リューイやジエン、アビーたちによるギャグシーンも多く、その点、青崎先生が書かれてきた青春小説に通じる朗らかさを感じます。

松原  僕はこれまで、少年少女が仲良くわちゃわちゃするシーンをあんまり描いたことがないので、難しいです(笑)。カップケーキをみんなで取りあったりしているシーンは、僕みたいなおっさんには懐かしいというか…、温かい目で脚本を読んでいます。

青崎  ギャグシーンはイメージを伝えるのが難しいので、キャラクターの表情などは「ここは『金色のガッシュ!!』(講談社など)のしらけ顔っぽく」とか、名作のタイトルを出すこともあります。あと、松原先生は何と言ってもアクションシーンが魅力ですよ。

松原  アクションシーンは「ストップ・アンド・ゴー」を意識しています。全部ハイスピードのアクションも面白いんですが、それだと緊張感とか、パワーを込めて攻撃している感が出せない。ボクシング漫画の『リクドウ』とか、バトルファンタジーの『黒鉄のヴァルハリアン』を描いていなかったら、『ガス灯野良犬探偵団』は描けなかったと思います。

記者  扉絵もめちゃくちゃうまいですよね。

青崎  たまにアナログで描かれている場合もあると聞いて、ちょっと恐れを抱きました。週刊連載なのにこんなに時間がかかりそうなことを…。

松原  隙あらば入れていきたいです(笑)。

記者  リューイ、ジエン、アビーの描き分けについては難しさはありますか?

松原  青崎先生が、ジエンは中華風の服とか、詳しい造形を脚本で示してくださるので、自分なりにくみ取って、3人が並んでバランスがいいようにしています。勝手に決めさせてもらったのは、キャラクターの仕草ですかね。喧嘩が強いジエンは、いつでも攻撃できる自信があるから、ポケットに手を入れていたり、アビーの動きの早さを表現するためになびくような服にしたり…。ホームズが後ろに手を組んでいるのも、隠していることがありそうな感じを出すためです。

青崎  なるほど~、そんな工夫をされていたんですね。

記者  『ガス灯野良犬探偵団』の第3巻では、正典のシャーロック・ホームズシリーズの中でお馴染みのワトソンが登場し、4巻ラストでは悪役のモリアーティも名前だけ登場してきました。だいぶ主要キャストが揃ってきましたね。

青崎  そうですね。シャーロック・ホームズを題材にしたものをやるからには、当然外せないキャラクターたちがいるので。一人一人登場させて、盤上に駒をそろえている段階ですね。やりたいことはまだまだこれからなので、楽しみにしてもらえればと思います。

記者  イレギュラーズも正典にのっとって6人以上登場するのでしょうか?

青崎  さばききれなくなっちゃいそうですが(笑)。今後どういう増え方をするかは一応考えているので、注目してもらいたいと思います。

記者  これからの展開の伏線が、1~3巻にも仕込まれていると考えていいでしょうか。

青崎  そうですね。長期的な伏線も入れつつ。軽いものでいうと、ジエンが所属していた中国マフィアのボスに関する言及が2巻の時点であったりしますね。

記者  それ以上は聞かないでおきます(笑)。

青崎  僕としても、『ガス灯野良犬探偵団』はやりたいことをどれぐらいぶち込めるか楽しみな作品で、小説家の副業ではなくてメインの仕事のひとつだと位置付けています。正典ホームズで「警官一ダースよりもあの子たちひとりの方がよほど役に立つ」と言われているように、ホームズはイレギュラーズを街の専門家集団と思っていたと思うんです。そのあたりの要素をどんどん出せればなと。

記者  リューイたちイレギュラーズの成長譚であり、バトルものでありという、おっしゃる通りまさに少年漫画な感じですね。

青崎  はい。だいぶ前から「最強主人公」の方が読者ウケがいいといわれていて、僕も普段はそういう漫画ばかり読んでるんですが、リューイというキャラを作っていったら、未熟で、伸びしろがあるタイプの主人公になってしまった。いまどき珍しいかもなあと思います。自分の弱さを自覚している子どもたちが、すごい敵と戦うにあたってどういう立ち回りをしていくのかっていう部分が頭脳戦とかの要素にも通じると思いますし、この作品ではそういうものを書いていきたいです。

記者  作品づくりに意識されている漫画はありますか。

青崎  浦沢直樹先生の『20世紀少年』(小学館)とか『MONSTER』(同)ですね。派手なことは起こらない人間ドラマなのに、毎週毎週のツカミと引きが抜群にうまい。そういう雰囲気が出せるように、これからも頑張ります。

 【青崎有吾】1991年横浜市生まれ。明治大在学中の2012年に『体育館の殺人』で鮎川哲也賞を受け、小説家デビュー。23年刊行の『地雷グリコ』で今年、本格ミステリ大賞、日本推理作家協会賞、山本周五郎賞をそれぞれ受賞し、同作は直木賞候補にもなった。

 【松原利光】1986年和歌山県生まれ。大阪アニメ・声優&eスポーツ専門学校を卒業後、原泰久先生のアシスタントに。2007年に「フリーダムスマッシュ」で商業誌デビュー。「週刊ヤングジャンプ」で『リクドウ』『黒鉄のヴァルハリアン』をそれぞれ連載した。

(共同通信=川村敦)

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