「青天を衝け」脚本家・大森美香さん、登場人物への思い 家族旅行した深谷は心遣いの街、埼玉全体にも感謝
NHKの大河ドラマ「青天を衝(つ)け」の脚本を執筆する大森美香さん。幕末から明治維新、そして近代と、日本の転換期ともいえる時代背景を、渋沢栄一の視点で丁寧に描く今作は、大河ファンのみならず多くの視聴者からも注目を集める。「栄一と同じ気持ちになって楽しんでほしい」と語る大森さんに、作品に込めた思いや登場人物の印象などを聞いた。(森本勝利)
―まずは大河ドラマ「青天を衝け」の脚本の執筆依頼をいただいた時のお気持ちを教えてください。
2018年春、今作で制作統括を務めるNHKの菓子浩さんからお話をいただきました。「幕末をテーマにしたい」という構想があり、題材の候補で「渋沢栄一」の名前も挙がっていました。幕末という激動の時代をこれまでの作品とは違う目線で描きたいと考える中で、栄一の経歴や進んだ道を改めて振り返ると、面白い視点で物語を進められるのではと感じたのが、主人公に推した最大の決め手です。
幕末から近代に移り変わる作品は、どうしても志士からの視点が多いですが、渋沢栄一は百姓であり商人という立場から始まり、時代に翻弄されながらも懸命に生き抜いた人物。視聴者の方々にも、栄一と同じ気持ちになって楽しんでもらえたら嬉しいなという思いで、作品を描くことに決めました。
―大森さんから見た渋沢栄一の第一印象は。
2015年後期の連続テレビ小説「あさが来た」で、三宅裕司さんに渋沢栄一役を演じていただきました。劇中では、主人公の白岡あさが加野銀行の設立前に、「銀行を作るには渋沢栄一に会っておかなくてはいけない」という思いから会うことになり、銀行経営の根幹となる金言を伝えられるなど、刺激を与えるような役割でした。まさに「銀行の神様」という偉大なイメージです。
脚本を書く際には色々と人物について調べるのですが、当時は随分と不思議な経歴を持つ方だなという印象が強かったです。
―激動の時代を生き抜く渋沢栄一という人物を描く上で、特に意識したことはありますか。
渋沢栄一という名前を聞いて、多くの方々の頭に浮かぶのは、前述の「あさが来た」に登場した時のような「近代日本経済の父」というイメージだと思います。温和な表情の肖像画が印象的ですが、実は破天荒で前向きかつ、常に変化をしながら生きてきた人物だと感じています。決して大人しい方ではなく、近代日本のシステムを創り上げていくには、物凄いエネルギーを持ち合わせていたという部分が強い気がしています。
実際に渋沢栄一のひ孫にあたる渋沢雅英さんにもお会いして、色々なことを教えていただきました。その中で感じたのは、栄一は「愛される人物」だったということ。一人の人間として魅力的だったのだろうなと改めて思い、作品でも感情表現が豊かな栄一の姿を描いています。
―作品内の「渋沢栄一」と「徳川慶喜」の関係性にも注目が集まっています。
渋沢栄一は当時の置かれている状況によって、立場を変えながら生き抜いた人物。特に一橋家に仕官して以降、主君の徳川慶喜との関係は大正時代まで続きました。生涯をかけて尽くしたいと思う慶喜という存在は、栄一にとって非常に魅力的な人物に映っていたはず。その姿を描くには、幕末の志士から見た慶喜の印象から丁寧に進めていく必要がありました。
なぜ後年に至るまで、慶喜の名誉を回復したかったのか。慶喜に尽くし続けたのか。その気持ちを理解することが、渋沢栄一という人物を理解する糸口になると感じています。
―渋沢栄一役を演じる吉沢亮さんの印象をお聞かせください。
渋沢栄一を主人公にした作品はほとんどなく、まさに色がついていない人物。大河ドラマで一年間演じていただく方も、イメージがついていない俳優さんを抜擢したいと考えていた中で、吉沢亮さんが選ばれました。最初は若くて綺麗すぎるかもと思いましたが、出演した作品を拝見すると、登場人物への化け方が物凄くて圧倒されました。
コロナ禍で撮影に立ち会うことが出来なかったのですが、第一回の予告で全力疾走する吉沢さんを見た時、栄一が持つ勢いや青春っぽさを体現している気がして、期待が高まったことを覚えています。今作で描きたかったのは「走り続ける栄一」の姿。晩年まで落ち着くことなく、様々な出来事に尽力し続けた栄一の生涯を、ぜひ吉沢さんで描きたいなと率直に思いました。
―徳川慶喜役を演じる草彅剛さんの印象をお聞かせください。
脚本をすべて書き終えた後に草彅さんにはお会いしたのですが、第一印象は「実際の慶喜ってこんな人物だったのかな」と錯覚するぐらい、魅力的な方でした。元々持っている自分のペースや、高貴な雰囲気を醸し出す演技などが、慶喜と重なって見えました。
お話しをした時も「快なり!快なり!」と言ってくれて、その言葉を気に入っていただいたことは、とても光栄でした。
―大森さんが作品を通じて伝えたい思いやメッセージはありますか。
渋沢栄一が生きた時代は、現代に通じる部分が多くあると思います。当時の人物たちは、最初から基礎があったわけではなく、一つ一つの積み重ねで、日本を変える原動力になっていました。
栄一は自分が動けば世界が変わると思っていたけど、今を生きる私たちは、自分が動いても変わらないのでは、という諦めの気持ちもどこかにあるはず。それでも人生の一歩を踏み出せるような、前向きになれる作品になれば良いなという願いを、各登場人物に託して描いています。
―最後に新聞読者・埼玉県民にメッセージをお願いします。
以前、深谷市へ家族旅行に行ったことがあるのですが、渋沢栄一について熱心に説明するガイドさんの姿に感銘を受けました。ある場所では「今日は暑いでしょ」と声をかけていただき氷を渡していただくなど、「深谷という街を良い街だったと思って帰ってほしい」という心遣いを感じました。ぜひ栄一の故郷・深谷に、御礼にお伺いしたい気持ちです。
深谷を中心に埼玉県全体で、「青天を衝け」を大いに盛り上げていただき、本当にありがたい限りです。最後まで「血洗島で育った渋沢栄一」という姿を描いていますので、ぜひ期待してこの作品を愛していただければと思います。ぜひ一話も見逃さず、ご覧ください。よろしくお願いします。
■大森美香(おおもり・みか)
福岡県生まれ。テレビ局勤務を経て、脚本家になる。連続テレビ小説「風のハルカ」ほか多数の脚本を手掛ける。代表作は「あさが来た」、「不機嫌なジーン」、「眩~北斎の娘~」など。大河ドラマの執筆は今回が初となる。
(埼玉新聞2021年11月11日付第2部「渋沢栄一没後90年特集」から抜粋)
=埼玉新聞WEB版=