埼玉は住みやすく高い定住率、「翔んで埼玉」に熱狂した県民の性格とは 暮らす環境に愛着はあるのだが
誕生から150年を迎える埼玉県。関東平野と秩父山地を擁する県土では、県民が長い時間をかけて文化や産業を培ってきた。そんな埼玉の魅力は何か、未来へのテーマはどこにあるのか。埼玉に育まれるとともに埼玉を育ててきた人たちに語ってもらう。
■「地元意識」問う時代 しがらみ切れて進む無縁化/埼玉大名誉教授・松本正生さん
都市部と農村部が併存する埼玉は日本の縮図だ。埼玉でいえることは、日本全体に置き換えて一般化することができる。埼玉を調べれば日本を語れる。
埼玉は地理的に東京にも通えることで移り住んだ人が多く、県民の郷土愛は低いといわれてきた。しかし、来てみると居心地がよく住みやすいから定住率は高い。高度成長期に埼玉に移り住み、今は親子三代で埼玉に住んでいる人が増えているので、意外と「埼玉愛」が出てきているなと感じる。それは2019年の映画「翔んで埼玉」に熱狂したことにも表れている。
一方で、私の専門(政治意識調査)で見ると、埼玉県民は国政選挙にはそれなりに関心があるが、地元の地方選挙の投票率は低い。昔は県北の農村部などは地元に定着している人が多いので、地方選の投票率がそんなに低いことはなかった。
しかし、最近はそういう地域も下がっている。元々高くない都市部はじりじりと下がり、今まで高かった農村部で極端に下がっている。全国も同様だ。
それは人と人のつながりが急激に希薄化していることの表れ。社会の無縁化が加速度的に進んでいる。昔の地域社会は人とのつながりで成り立ってきた。つながりはしがらみと背中合わせだから、社会はしがらみで成り立っているともいえる。苦手な人や嫌いな人とも付き合わざるを得ない。そういう義理があるから人は社会と関わるし、しがらみは社会のエネルギーでもある。しかし、地域社会から良い意味でのしがらみがなくなりつつある。要は「選挙で誰々に投票しよう」などと、近所で声を掛け合わなくなった。
近所同士の声掛けがなくなれば、人と人はだんだん遠くなっていく。お祭りや地元イベントへの参加もそう。無縁社会や孤独死といった社会問題の根底にはそれがある。埼玉は日本の縮図だから、日本全体もそうなっている。しがらみはいったん切れると、なかなか復活しない。
スマホやネットの普及で社会は便利になったが、人と人とが相対する機会がどんどん減った。さいたま市民のスマホの普及率は85%。今は買い物もワクチン接種申し込みも、スマホで全部完結する。人が対面で接しない社会は新型コロナウイルスの影響で、さらに広がっている。
埼玉県民の多くは自分が住む生活環境に愛着を持っている。しかし自分が住む地域社会への関心は低い。これからは地元の課題や歴史・文化を、そこに住む人たちがどう意識するかが問われる時代になる。
少子高齢化で人は減っていく。そもそも地方議員はなり手がいない。地域の社会活動を継続させていくには裁判員制度のように抽選で選ばれた住民が2年交代ぐらいで議員を担う「ボランティア議会」が必要になるのではないか。そこに住む人たちが責任を持って地元と関わっていく。そういう仕組みを作らなければ、地域社会はもたなくなる。
■まつもと・まさお
埼玉大名誉教授。専攻は政治意識論。2000年から埼玉大学教授を務め、21年3月に定年退職し、名誉教授に。同4月から世論調査会社「社会調査研究センター」社長に就任。11年からさいたま市民を対象とした政治意識調査を定期的に実施している。著書に「『世論調査』のゆくえ」など。法政大大学院卒。長野県出身。66歳。