埼玉新聞

 

【シネマの花道(7)】正義とどのように向き合うか 「満ち足りた家族」「陪審員2番」

  •  「満ち足りた家族」(全国公開中、配給・日活/KDDI)(c)2024 HIVE MEDIA CORP & MINDMARK ALL RIGHTS RESERVED

     「満ち足りた家族」(全国公開中、配給・日活/KDDI)(c)2024 HIVE MEDIA CORP & MINDMARK ALL RIGHTS RESERVED

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  •  「満ち足りた家族」全国公開中、配給・日活/KDDI(c)2024 HIVE MEDIA CORP & MINDMARK ALL RIGHTS RESERVED
  •  「陪審員2番」U―NEXTにて独占配信中(c)2024 WarnerMedia Direct Asia Pacific, LLC. All rights reserved. Max and related elements are property of Home Box Office, Inc.
  •  「陪審員2番」U―NEXTにて独占配信中(c)2024 WarnerMedia Direct Asia Pacific, LLC. All rights reserved. Max and related elements are property of Home Box Office, Inc.
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 正義というのは、やっかいなものだ。人によって何が正しいかはまちまちで、正しいと信じているからこそ、それが間違っているかもという疑念が湧きにくい。ウクライナやハマスはもちろん、ロシアもイスラエルもそれぞれの正義を主張している。すべからく戦争というものは正義と正義のぶつかり合いだし、ネット上の論争も同じようなものだ。では、真実や倫理はどこにあるのだろう。

 「八月のクリスマス」などのホ・ジノが監督した韓国映画「満ち足りた家族」は、2組の夫婦とその子どもたちによる心理サスペンス。オランダ出身の作家ヘルマン・コッホの小説「冷たい晩餐」が原作で、これまでに何度か映画化されている。

 実利優先で権力志向が強い兄の弁護士ジェワン(ソル・ギョング)は、まだ若い2人目の妻ジス(クローディア・キム)、高校生の息子と高級マンションで暮らす。弟のジェギュ(チャン・ドンゴン)は良心的であることを旨とする医師で、年上の妻ヨンギュ(キム・ヒエ)と娘、老いた母とも同居している。

 性格も生き方も正反対の兄弟は月に1度、それぞれの妻を伴って高級レストランでディナーを共にする。ある日、10代とみられる男女がホームレスに暴行をはたらく事件が発生。監視カメラの映像に顔ははっきり写っていないが、両夫婦はその若者2人が誰であるかを確信する。

 子どもたちの将来と親の責任。家族愛と倫理観。罪にどう向き合うのが正しいのか、守るべきは何なのか。兄と弟はそれぞれの正義を主張して激しく衝突するが、その正義も時とともに揺らいでいく。

 一方で、徹底して子どもを守ろうとするヨンギュ、血がつながっていないが故に冷静さを保つジス、まるで人ごとのように振る舞う子どもたちと、兄弟を取り巻く家族の立場は鮮明だ。格差社会のひずみ、進む少子化と激化する受験戦争など、背景にある現代の韓国社会が物語にリアリティーを与えている。

 正義のありようを法廷という舞台で真正面から問いかけたのがクリント・イーストウッド監督の「陪審員2番」だ。94歳を迎えた大御所の最新作である。

 ある雨の夜、橋の下で女性が無残な死体となって見つかり、直前にバーで口論になっていた恋人の男が逮捕された。出産間近の妻と暮らす善良な青年ジャスティン(ニコラス・ホルト)は、男の裁判で陪審員を務めることになる。冒頭陳述を聞いたジャスティンは事件当時、同じ現場で何かを車ではねたことを思い出す。

 被告の男はいかにも粗野で、有罪は間違いないと思われた。陪審員たちもさっさと裁判を終わらせて家に帰りたいのがありありで、最初の評議では大半が有罪を主張。だが、きちんと話し合うべきだというジャスティンの意見から流れが変わっていく。

 シドニー・ルメット監督の名作「十二人の怒れる男」と同じような展開をたどるわけだが、有罪とする根拠が揺らぐにつれジャスティン自身は窮地に追い込まれる。身重の妻もいて今の生活を捨てるわけにはいかないが、自分のせいで無実の男が罪をかぶるのも耐えられない。そのアンビバレントな状況が心理ドラマに深みをもたらす。

 映画の中で、司法の公正さのシンボルである「正義の女神」像が何度か映し出される。正義を意味するてんびんと、力を象徴する剣を持ち、見た目に左右されないために目隠しをしている。葛藤の中にあるジャスティンが「真実が正義とは限らない」とつぶやくとき、女神像のてんびんはゆらゆらと揺れている。

 イーストウッド監督が描くのは、信じたいものを信じるという人間の不確かさであり、そこで掲げられる正義の多面性であり、良心や倫理のもろさである。人間存在を巡る普遍的なテーマを扱った作品であるとともに、社会の分断が進む現代にこそ見るべき映画だと言えるだろう。

 ところでこの「陪審員2番」、日本での劇場公開はなく、動画配信サービス「U―NEXT」で独占配信されている。「許されざる者」と「ミリオンダラー・ベイビー」でアカデミー賞作品賞と監督賞を2度ずつ受賞、現役最高の映画監督の一人であるイーストウッドの新作が劇場で見られないとは―と、がくぜんとした。米国を中心に大人向けの実写映画が当たらなくなっていることなどが背景にあるようだ。

 確かに近年、映画観賞のスタイルは変わってきている。定額見放題の動画配信が主流になり、わざわざ高い金を払って映画館に足を運ぶのがタイパ的にもコスパ的にも割に合わないと思う人が増えている。映画館では見知らぬ人と隣り合わせになるし、トイレに行きたくなっても一時停止できないし、もちろん倍速視聴もできない。

 だがそれでも、映画は映画館で見たい。暗闇でスクリーンと向き合い、監督や俳優が紡ぎ出す物語や演技に情感を揺さぶられる。映画館は時間と場所が決められた一回性の体験であって、そこでの没入感や集中度はリビングで配信を見ているときの5割増しではないかと思う。

 「陪審員2番」を配信してくれたU―NEXTには感謝しかない。だがそれでも、劇場でもう一度見る機会はないものかと願ってしまうのだ。(共同通信記者・加藤義久)

 かとう・よしひさ 文化部で映画や文芸の担当をしました。最近は音響や映像に凝ったスクリーンのほか、プレミア感をうたう特別シートを設けたシネコンも増えています。極上の体験をしてみたいとは思うものの、お値段が気になってまだ足を運べていません。

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