埼玉新聞

 

示談=許しなのか…遠い救済 自ら調べた補償と賠償 「幸い、殺人未遂」にショック/戸田・中学校刺傷(中)

  • 現場となった戸田市立美笹中学校=1日午後2時ごろ、戸田市美女木

    現場となった戸田市立美笹中学校=3月1日午後2時ごろ、戸田市美女木

  • 現場となった戸田市立美笹中学校=1日午後2時ごろ、戸田市美女木

 埼玉県戸田市立美笹中学校で少年=当時(17)=に切り付けられて重傷を負った男性教諭(60)は事件後、療養補償手続きの複雑さに困惑した。

 公務中の犯罪被害では、公務災害補償制度の基金から治療費などが補償される。一方、精神的損害への慰謝料や物的損害の賠償は加害者との示談次第。示談より先に基金から補償される「補償先行」という仕組みがあるが、「加害者側からの補償に治療費が含まれる」などの示談内容の場合には、示談後、基金が加害者ではなく被害者に請求(求償)することも考えられる。示談交渉を弁護士に依頼しても、慰謝料が少なかったり取れなかったりすれば、被害者の手元にほとんど残らない可能性もある。

 教諭は県教委から渡された労災書類に記入したが、補償先行の説明や、基金に示談の相談が必要などの説明はなかったという。「基金が全てやってくれるのだと思っていた」という教諭は十分な情報や説明が得られず、自ら調べなければならなかった。

 県内の学校には、弁護士の助言を受けるスクールロイヤー制度が導入されているが、学校が組織として相談する制度で今回のような個人的な相談は対象とされていない。

 結局、教諭は無料法律相談やインターネットで情報を集め、少年側と示談交渉した。刑が確定すると、加害者が示談に熱心でなくなるケースがあるという情報に焦りもあったが、「最終的に納得して示談をまとめられた」という。

 県犯罪被害者支援条例は「県は被害者が日常、社会生活を円滑に営めるよう、相談に応じ情報提供や助言を行う」と定めている。6月定例県議会で対応を問われた日吉亨教育長は「複数回、詳細な説明や手続きのサポートをしたが法的相談窓口の周知に課題もあった」と答弁。県教育局は「県や県警などでつくる『ワンストップ支援センター』につなぐべきだった」と説明したが、教諭は「法律上、民事に介入できないとしても、せめて交渉の道筋を示してほしかった。条例通りの対応だったのだろうか」と疑問を口にした。

 さらに教諭の心には「モヤモヤした思い」が芽生えた。さいたま家裁は少年を刑事裁判となる検察官送致ではなく、少年院で矯正教育を受ける保護処分とした。報道で裁判官が「幸い、殺人未遂に終わった」と説明したと知り、「『その程度で済んで良かったね』と言われているようだ」とショックを受けた。

 「(示談は)被害者が許したと受け止められ、考慮された上での処分なのだろうか。もし少年が再犯したら、体の傷以上に心の傷を受けるかもしれない」と、気持ちが揺らいでいるという。

 しかし、被害者が救済を受けるには示談するしかない。「労災の対象が症状固定までの治療費のみである以上、意に反しても示談する他に選択肢はない」。教諭は制度の課題を指摘した。

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