埼玉新聞

 

髪を引っ張られ、性的な話も…医師や看護師ら迷惑、患者の要求を拒否しづらく 命の危険も感じた訪問医療、患者や家族のハラスメント実態 複数人で訪問すると抑止効果あり、補助金も用意…しかし利用ゼロ、さらなる問題が

  • 事件後に立てこもり現場付近を調べる捜査員ら=2022年1月29日午後、ふじみ野市大井武蔵野

    事件後に立てこもり現場付近を調べる捜査員ら=2022年1月29日午後、ふじみ野市大井武蔵野

  • 事件後に立てこもり現場付近を調べる捜査員ら=2022年1月29日午後、ふじみ野市大井武蔵野

 ふじみ野市で昨年1月に発生した猟銃立てこもり事件を契機に、患者やその家族らによる医師などへの暴力やハラスメントの問題が表面化した。県などはアンケート調査を基に昨年末から医療従事者保護のための予算を投じているが、活用実績は乏しく、周知が課題に。県医師会の顧問弁護士は患者の要求を拒みにくい訪問医療の現状を指摘し、医師らが法律家に直接相談できるシステム作りを提案する。

■半数が被害

 事件を受け、県が昨年3月末から7月中旬にかけて行った医療従事者への暴力やハラスメントに関するアンケート調査では、県内の医師や看護師など665人のうち、半数に当たる337人が患者やその家族などから暴力やハラスメントを受けたことがあると回答。その約7割が患者宅で被害に遭っていた。

 被害内容は利用料の請求を巡り家族から執拗(しつよう)な暴言と脅迫を受けるなどの「精神的暴力」が最多。物でたたかれたり髪を引っ張られるなどの「身体的暴力」や「性的な話をされる」などの被害もあり、「命の危険を感じた」と回答したのは38人に上った。

 回答者からはハラスメント防止策として「患者宅に訪問する人数を増員することが有効」との声が多かった。県は診療報酬の対象にならない複数人での訪問に係る経費のうち9割を補助し、残りの1割をふじみ野市が補助する支援策を発表。昨年12月には医療機関などでのトラブル対応経験者が応対する専用の相談窓口を設置した。

 県や同市によると、このうち複数人訪問に関する経費補助は現時点で利用実績がない。県医療整備課は「活用するほどの深刻なトラブル事案がない分には良いことだが、県医師会などと連携してより周知に努めたい」としている。同市には「そもそも人材がいないので、補助金を活用したくてもできない」といった医療従事者の声も寄せられ、人材不足が足かせになっている実情も浮かび上がった。

■応召義務

 県医師会の顧問弁護士を務める鈴木沙良夢弁護士(43)は、医療従事者などへのハラスメントについて「トラブルの深刻度合はケースによって違うが、日常的に相談を受けるほどの数はある。(今回の事件は)ついに起こってしまったかという印象だった」と振り返る。

 鈴木弁護士によると、在宅医療の患者は実際に生活している場所で診療を行うことから、患者本人ではなく同居家族などとの関係性の構築がトラブルの有無を分けるケースが多い。医師法に基づき、医師には原則として患者らによる診療の求めを拒むことができない「応召義務」があるが、患者らと医師の信頼関係がなくなった場合は例外となる。

 しかし、現実に医療が必要な患者が目の前にいるにもかかわらず拒むのは難しく、「結果的に長く付き合ってしまう医師も多くいる」という。

 ふじみ野市は4月から「ふじみ野市の医療と介護を守る条例」を施行し、医療従事者に対するハラスメント被害防止に関する基本的指針を示した。地元医師会は「医療従事者の不安を取り除くことができる」などと前向きに受け止めるが、具体的施策の打ち出しには至っていない。

 鈴木弁護士は医療ハラスメントの態様は事案によってさまざまであるため、事例解説のマニュアル作成が難しいとした上で「個別の具体的な事案それぞれに対して、医師らが手軽に法的観点で相談ができるシステムなどが求められるのではないか」と訴えた。
 

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