埼玉新聞

 

創業160年、代々の味を再現 江戸情緒伝える岩槻の和菓子屋・田中屋本店、世代越えたリピーターも

  • 新たな岩槻銘菓として創作した田中屋本店の「ひなな」を持って店に立つ9代目の紀子さん

  • 市宿通りに面した蔵の店舗、田中屋本店=岩槻区本町

 東武線岩槻駅東口から徒歩約2分、日光御成街道だった市宿通り沿いにある蔵の店舗。緑の太鼓のれんが目印で、屋根瓦に今もくっきりと残る山辨(やまべん)の屋号がまぶしい。和菓子屋「田中屋本店」。創業から160年を越え、江戸の情緒を伝え続けている。

 江戸末期嘉永年間に田中弁蔵氏が和菓子屋を現在地に開いた。4代目まで主人の名は「弁蔵」で継承されていた。

 7年ほど前、道路の拡幅工事を機に元の店舗が解体され、裏にあった蔵を新たな店舗として再活用。黒い柱や鬼瓦など風格あるたたずまいの店が誕生した。

 コロナ禍で現在は使用していないが、店内には時代劇に出てくるような、腰を掛ける縁台があり、菓子作りの木型や町内の古地図、写真なども飾ってある。「お茶を飲みながら、お客さんがひと休み。会話も弾んだ。私はもっぱら聞き役」と、8代目の田中仁美さん(66)は話す。団子や菓子の味だけでなく、店の人気の秘密はこんなところにもあるのかもしれない。

 後継者がおらず、店を閉じようか思案していた5年前、結婚を機に会社を辞めていた長女の冨金原(ふきんばら)紀子さん(39)が菓子職人として工場に入り、一緒に店頭にも立つようになった。「お菓子はもちろんのこと、父も祖父も愉快な人で記憶にある店は笑顔にあふれていた。店がなくなるのは想像できなかった」と振り返る。

 「お寺のお供物用菓子をやっと探し当てて買いに来てくれた人や、お見舞い用の『葛がし』を求め、おばあちゃんのお使いにきたお孫さんなど世代を越えたリピーターのお客様に出会ったことも続ける励みになった」と話す。

 「蒸したり、こねたり重労働ではあるけれど、囲まれているものは生まれたときからなじんだものばかり。サラリーマン時代の肩こりともすっかりおさらばでき、楽しい」と、晴々とした表情を見せた。

 看板メニューの団子について常連客から「作る人変わった?」と聞かれ、「ドキッとした」とも。「材料も作り方も同じ。父の団子しか知らない自分の舌と感触の記憶をたどって代々の味を再現している」と、精進に余念がない。

 近所に住む井藤仁さん(79)は「代替わりした時は分かったよ。でも変わらずおいしいね。本物だから日持ちしないけど、東京の友だちも喜ぶ岩槻自慢のお土産」と大袋を手に誇らし気。初めて訪れた田口弥生さん(39)は「お団子がおいしいと友だちから薦められて来た。ほかのお菓子もつい買っちゃいました」と笑顔で店を出た。

 岩槻に今年オープンした「人形博物館」にちなみ、地元の和菓子店でつくる特産研究グループが新たな岩槻銘菓を創作。店の代表となった紀子さんのデビュー戦でもあった。「江戸好みの五色と五つの味」というコンセプトで、町内の5店舗が同じ名称の菓子「ひなな」をそれぞれ作った。田中屋本店では試行錯誤の末、果汁と寒天による琥珀(こはく)菓子を世に出した。「ほかの店の職人さんとも話し合い、うちは女性向けにグミのような食感にした。果汁も厳選した」。博物館でも売られている。9代目の挑戦がいま始まった。

【メモ】 岩槻区本町2の2の43。電話048・756・0045。午前9時~午後6時半(現在は同5時)。月曜定休、火曜は不定休。

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