まさに実物大のわらじ!はみ出るトンカツに心も満腹 発祥の店・小鹿野の安田屋、メニューは「わらじかつ丼」だけ 最初は「かつ丼」、命名の由来は
■人気の火付け役は
今や“秩父の味”として知られる「わらじかつ丼」。発祥の店の安田屋は、小鹿野町の中心部の裏通りにある。15人ほどで満席となる店内に入ると、昔ながらの食堂の風情を感じる。
メニューはわらじかつ丼だけ。「1枚ですか、2枚ですか?」。店員はカツの枚数だけを聞きに来る。わらじは二つで一足なので、ここは迷わず2枚で。運ばれてきたどんぶりから、大きなトンカツが2枚はみ出ている。まさに実物大のわらじサイズだ。
安田屋で使っているのはブタ肉のロース。たたいて適度な厚さにし、衣を付けてラードで揚げ、しょうゆベースのたれに漬ける。卵でとじないのも特徴だ。食欲をそそる香り。肉にかじりつき、飯をわしわしとかきこむ。おなかも心も満腹になっていく。
安田屋の創業は昭和の初めという。3代目店主の小杉守雄(65)によると、料理人でもあった祖父の清次郎が、肉屋を営みながら飲食店を開いた。当時はコロッケ丼やオムレツなどもあったが、人気があったのがかつ丼。このころ、秩父では肉料理といえば牛よりもブタが主流だった。
最初は「かつ丼」という商品名だった。ある日、食事に来た秩父市の米業者が「大きいカツが2枚あって、わらじのようだから、わらじかつ丼にしたら」と言ったのが命名の由来だそうだ。
以前は酒も提供していて、1枚のカツをどんぶりのふたに乗せて、それをつまみに1杯。ほろ酔い気分で、残った1枚をおかずにご飯を食べる。昼飯時でもそんな食べ方をする人が多かったという。
そんな“地元メシ”が広く知られるようになったのは、20年ほど前からだ。人気の火付け役となったのがバイク愛好者たち。町内を横断する国道299号は群馬・長野へと抜けるツーリングコースでもあり、昼食で食べたわらじかつ丼が「おいしくてボリュームがある」と口コミで評判に。
その後、町がバイクによる町おこしを行ったり、メディアに取り上げられたりして、人気が定着。今ではバイク愛好者だけでなく、観光客も大勢食べに訪れている。
所沢市の50代カップルは三峯神社の参拝帰りに安田屋へ立ち寄った。注文して出てきたかつ丼を見て、開口一番「大きいね~」。一口食べて「意外とあっさりしておいしい」。来店客は県外の人も多く、中には九州から食べに来た人もいたそうだ。「たかがかつ丼だけど、遠くから来てもらえる。ありがたいね」。小杉は謙遜しながらほほ笑んだ。(敬称略)
■変わらない故郷の味
西秩父商工会は約20年前、わらじかつ丼のグルメマップを作成。その時から少し入れ替わりがあるが、小鹿野町で現在、わらじかつ丼を提供する飲食店は約15店あるという。また、最近は秩父市などでも提供店が増えてきた。
小鹿野町内で、安田屋に続く、わらじかつ丼の老舗といえば「鹿の子(かのこ)」。大正時代にカフェとして創業し、昭和9年に料理店となった。4代目の天沼俊美(69)によると、安田屋とは先代の店主同士が同級生で仲が良く、「だから鹿の子でもわらじかつ丼を始めたのでは」と推測する。ただ、鹿の子ではブタのヒレ肉を使っており、安田屋とはまた一味違う。
今でこそ、かつ丼は日常的な食事に近いが、昭和の時代はごちそうという感覚があった。お客さんが来たり、入学式などちょっとした行事の時に、出前でかつ丼を取った。最近は子供が里帰りすると「故郷の味」として帰りに持たせる親もいるという。
ボリュームたっぷりのかつ丼は交流サイト(SNS)映えするが、「奇をてらっていたら、すぐに廃れてしまう」。こう話す天沼にとって、かつ丼は大事にしたい故郷の味だ。「何年かぶりに食べに来たお客さんが『あの時のあの味だ! 変わっていなくて良かった』と思われるようにしたい」