【シネマの花道(4)】日本の心意気、西洋の合理性 時代劇を継承する熱い思い
米テレビ界最高の栄誉とされる第76回エミー賞で、米配信ドラマ「SHOGUN 将軍」が連続ドラマ部門作品賞など18冠に輝いた。舞台は日本の戦国時代、せりふの7割が日本語。異例とも言える快挙は、主演男優賞を受賞した真田広之が異文化の壁を乗り越えようと闘い続けた約20年の歴史がもたらしたものだった。
「西洋と日本のクルーやキャストが一緒に仕事をするということは、互いを尊重し、学び合い、助け合うということ」。授賞式後の記者会見に臨んだ真田の発言を聞いて、同じ言葉を昔、真田本人から聞いたことがあるのを思い出した。
2004年11月、中国・上海。新年紙面向け記事の取材のため、ジェームズ・アイボリー監督の映画「上海の伯爵夫人」の撮影に参加していた真田に会いに行った。通訳もマネジャーもつけず、現場に単身乗り込んでいた真田は、多国籍のスタッフたちと冗談を言い合って笑っていた。「1人だと、相手とじかにコミュニケーションを取らざるを得ない。英語で考えるようになるし、現場にスッと入れます」
このとき既に海外に軸足を移していた真田だが、きっかけとなったのは唯一の日本人キャストとして参加した1999~2000年の英ロイヤル・シェークスピア・カンパニーの舞台「リア王」だった。「びびって1カ月ぐらい(出演の)結論が出せなかった」と笑いながら振り返ったが、このチャンスを逃したら一生ないだろうと思い「声をかけてくれた人の目を信じようという開き直りも含めて、扉を開いてみた」という。
一つ扉を開くと、また次の扉がある。そうして本格的に世界に一歩を踏み出したのが、03年の映画「ラストサムライ」だった。このときは海外で活躍したいというより、日本人が見て恥ずかしくないものにしたいという思いが強かった。「咸臨丸に乗った一員というイメージ。本当の意味での開国はここからだという意識でした」
かつてのハリウッドが描いたトンデモ日本とは大きく違い、明治維新間もない日本を舞台に武士道精神を描いた作品だが、それでもさまざまな場面で意見の食い違いや対立があった。ただ、真田にはロンドンの舞台でコミュニケーションの取り方を学んだ経験があり、頭ごなしに相手を否定することはしなかったという。
「この映画は教材でもドキュメンタリーでもなく、エンターテインメント。彼らの望みもかなえてあげたい一方で、でもうそはつきたくないし『これは日本じゃない』と言われたくはない。一筋の光を探り当てるような作業なんですが、尊敬を持って学び合い、吸収し合って、互いが満足がいく答えを探しました。次第に向こうからも意見を求めて来るようになり、信頼関係が出来上がっていきました」
まさにエミー賞の記者会見と同じことを、当時の真田は語っている。異文化を理解するための相手を尊重する姿勢と、若い頃から重ねてきた時代劇の経験。その両方を兼ね備えた真田だからこそ、「SHOGUN」を成功に導くことができたのは間違いない。
子役として芸能界入りした真田は、1978年に深作欣二監督の映画「柳生一族の陰謀」で本格デビュー。アクション俳優として活躍、現代劇やコメディーなど演技の幅を広げながら、映画「里見八犬伝」、NHK大河ドラマ「太平記」など、数多くの時代劇に出演してきた。貧しくも清廉な生き方を貫く武士を演じた山田洋次監督「たそがれ清兵衛」は米アカデミー賞外国語映画賞の候補になり、「ラストサムライ」とともに日本の時代劇を海外に強く印象づけた。
「SHOGUN」は関ケ原の戦いの前夜を舞台に、武将たちが権力争いを繰り広げる。まさに時代劇の王道と言える物語で、動画配信サービス「ディズニープラス」内のブランド「スター」で配信中。プロデューサーも兼務した真田は「世界の視聴者と日本のコアな時代劇ファン、どちらも楽しめるものを」と、日本から時代劇の専門家を呼び寄せ、脚本から衣装、小道具まで時代考証を徹底した。身に染み込んだ殺陣だけでなく、着物の着こなしやお辞儀の仕方、家屋の造作まで、日本の時代劇と比べて全く遜色ない。和室の薄暗さは、あんどんの明かりに頼った暮らしを再現した「たそがれ清兵衛」のそれを思い起こさせる。
04年のインタビューでも真田は、長年にわたって時代劇の現場を支えてきた日本のスタッフの素晴らしさをたたえていた。「日本のスタッフは限られた時間で完璧なものを仕上げる。この人材を向こうの予算とシステムで使えれば、つまり日本の心意気と西洋の合理性が合わされば、すごいものができる。いずれそれが可能になる時が来ると思います」。20年の歳月を経て、ついにその時は来た。
「SHOGUN」の快挙の一方で、本家である日本の時代劇はどうか。大河ドラマを抱えるNHKは別として、民放地上波で時代劇がつくられることはめったにない。製作費がかさむため、映画も重量感のある作品に出合うことがめっきり減った。このまま時代劇は衰退の一途をたどるのではないか―。
そんな中、いま絶賛注目を集めている時代劇映画がある。たった1館での上映からスタートし、口コミで評判が広がって全国150館以上で拡大上映中。あの「カメラを止めるな!」を思わせる快進撃を見せているのが、自主製作によるチャンバラ活劇「侍タイムスリッパー」である。
幕末の京都。長州藩士を討てと命じられた会津藩士の高坂新左衛門(山口馬木也)は、刀を交えた瞬間に雷に打たれて失神する。目が覚めると、そこは現代の時代劇撮影所だった。戸惑いながらも、己の生きる道は剣のみと心に定め、時代劇の斬られ役として生きていくことを決意する。
映画やドラマ、漫画、小説と、戦国武将から女子高校生まであらゆるキャラクターが時空を飛び越える昨今、侍がタイムスリップするという設定自体は珍しくはない。ただこの作品は、現代に放り出された侍の狼狽ぶりを描くタイムスリップ本来の面白さと、時代劇づくりの舞台裏を見せるバックステージものの魅力が違和感なく融合し、設定勝負の映画とは一線を画している。
時代劇を自主製作で撮るのは無謀なチャレンジといえ、製作費は「SHOGUN」より桁が三つぐらい少ないとみられる。米農家でもある安田淳一監督は脚本、撮影、照明、編集を兼任。高坂が思いを寄せるヒロインの助監督を演じた沙倉ゆうのは、実際の撮影でも助監督や小道具を担当した。
だが、監督の熱意と脚本の面白さに感銘を受けた東映京都撮影所が全面協力。斬られ役のベテランが殺陣師役として出演、熟練のスタッフが現場を支えた。竹みつを使って殺陣を撮影する場面と、本物の刀による斬り合いの場面とで、刀が斬り結ぶ音の重量感が異なるなど、本物の時代劇を伝えたいという監督以下スタッフ全員の思いがこもっている。
映画の中で、テレビの時代劇を見て感動した高坂が言う。「人の世のおかしみ、悲しみ、苦しみ、そして喜び。平穏な人の暮らしの営みが誠のものとしてありました。救われたような気がしました」。それこそが時代劇の魅力なのかもしれない。時代劇を継承しようという熱い思いが、ここにも息づいている。(共同通信記者 加藤義久)
かとう・よしひさ 文化部で映画や文芸を担当しました。11月1日には戊辰戦争を題材にした集団抗争劇「十一人の賊軍」も公開。こちらも迫力満点、見応え十分の時代劇です。