夏の装い味わい深く 注染染め「草加の浴衣」伝え続ける 美大で指導も 埼玉県伝統工芸士・昼間時良さん
ヒマワリ、金魚、うちわと、清涼感あふれるデザインで夏の到来を感じさせる浴衣。草加市はせんべい、皮革と並び、浴衣が三大地場産業とされる。県伝統工芸士の昼間時良さん(85)は伝統的な染め技法「注染(ちゅうせん)」を継承する県内で唯一の存在だ。
7人きょうだいの長男の昼間さんは中学卒業後すぐ、染色の世界に飛び込んだ。通学する八潮の学校近くに染工所が多くあり、「早く親孝行したい」との思いが背中を押した。
修業時代はつらい日々の連続。誰よりも朝早く作業場に行き、親方衆の技術を間近で観察した。「技術は教えてもらうのではなく盗むもの。当時は食うのに精いっぱいだった。腕さえ一人前になれば何とかなる」。20代半ばの独立まで7~8年間、ひたすら自分を信じ、腕を磨き続けた。
注染は重ね上げた生地の上から染料を注ぎ、模様に染める技法。糸自体を染めるので裏表がなく、深い色合いが特徴。生地を使うたびに色が落ち、味わい深さが生まれる。
草加の浴衣は終戦後の昭和30年代に盛んになり、多い時で年間300万反を生産する全国有数の産地となった。昼間さんの元にも注文が連日殺到。日本橋の問屋で高級品として評価された。
しかし洋服の普及や廉価のプリント浴衣に押され、注染染め浴衣は激減。染工所もほとんどなくなってしまった。
6月上旬、コロナ禍で2年間中止だった浴衣の新作発表会が行われると、会場の昼間さんの元に多くの教え子が集まった。昼間さんは美術大学や市の講座で講師を務め、自身の経験や技術を惜しげもなく伝え続ける。それは草加の浴衣の火を消さず、後世へ残すため。
「俺からすれば、(教え子たちは)まだひよっ子みたいなものだよ」と職人のプライドをのぞかせながらも「各地でまいてきた種が開花し、多くの才能が出てきて本当にうれしいよ」。昼間さんは優しくほほ笑んだ。