【シネマの花道(9)】映画祭化する米アカデミー賞 5部門制した「アノーラ」
「映画の祭典」といえば、カンヌやベネチアなどの国際映画祭と米アカデミー賞が有名だ。どちらも映画界の今を映し出す大イベントであることに変わりはないが、趣旨やスタイルは大きく異なる。
国際映画祭はたとえばカンヌの場合、事務局がコンペティション部門に世界中から20本前後の作品を選び、その中から映画監督や俳優ら数人の審査員が最高賞「パルムドール」などを決める。ほかにも斬新な映画を集めた「ある視点」部門や旧作を上映する「クラシック部門」などがあり、街中の映画館で多くの作品が上映される。
12日間の期間中は映画の買い付けに訪れる関係者やスター目当てのファンでごった返す。5月の陽光が差す南フランスのリゾート地ということもあり、レストランはワインを飲みながら映画談議に花を咲かせる人であふれ、ビーチでくつろぐ観光客の姿も。映画祭は文字通り「お祭り」なのである。
これに対し、米アカデミー賞は「ショー」だ。ハリウッドの劇場に正装した紳士淑女が集い、この1年を彩った映画の数々、きらめくスターたちに拍手を送る。人気歌手が生歌を披露し、ホストがユーモアと少しの毒が混じった司会で場内を盛り上げる。米国ならではの華やかさを体感する、一夜の夢といったところ。
賞の選考方法も映画祭とは異なる。監督、俳優ら、投票資格を持つ米映画芸術科学アカデミーの会員は約1万人。候補作も基本的に米国で劇場公開された作品から選ばれるなど幅広い。少数の審査員の好みで賞を選ぶ映画祭と違い、大勢による人気投票の色合いが濃い。
とアカデミー賞をおさらいしたところで、今年のオスカーレースを席巻した「ANORA アノーラ」(ショーン・ベイカー監督)である。今年は混戦と言われていたが、終わってみれば作品、監督、主演女優、脚本、編集と、ノミネートされた6部門のうち5部門を制覇。製作費600万ドル(約9億円)の低予算インディペンデント映画が快挙を成し遂げた。
ニューヨークのストリップダンサー、アノーラ(マイキー・マディソン)は、客として出会ったロシアの大富豪の御曹司イバン(マーク・エイデルシュテイン)と意気投合。ばか騒ぎを繰り広げたあげく勢いで結婚するが、イバンの両親は激怒し、2人を別れさせるべく手下を送り込んでくる。
現代版シンデレラストーリーと思って見ていると、どうも雲行きが怪しい。若い2人が親や社会からの抑圧に抗して愛を貫くのかと思いきや、王子さまであるはずのイバンは早々にアノーラを放り出して逃走。アノーラは屈強な手下3人を相手に、徒手空拳で戦いを挑む。
そもそも自分だって金目当ての結婚だったじゃないかと冷めた視線を送っていたものの、羽交い締めされても激しく抵抗し、「Fワード」を機関銃のように乱射し、どんなに脅されても屈しないどころか反撃を企てるアノーラの破壊的エネルギーが、次第に爽快に思えてくる。イバンのことなどどうでもよくなったアノーラが立ち向かっているのは、貧富や人種、性別などによる格差であり、それを押しつけてくる権力なのだろう。ラスト、彼女が初めて流す涙が切なさと幸せを感じさせ、温かな余韻を残す。
破天荒な若い男女が繰り広げる過激なスクリューボールコメディーと見せかけて、現実社会の中でしたたかに生きようとする女性の物語へと転換するこの作品、カンヌ国際映画祭でもパルムドールを受賞している。ダブル受賞は大衆性と作家性を兼ね備えていることの証しかもしれない。主演男優賞など3部門受賞の「ブルータリスト」(ブラディ・コーベット監督)もベネチア国際映画祭で銀獅子賞を受けており、欧州の映画祭にアカデミー賞が近づいているとも言えそうだ。
受賞スピーチでベイカー監督は「インディーズ作品を評価してくださり感謝します。インディーズに末永く幸あれ」とあいさつした。小規模ながら斬新で、多様な視点を提供してくれる映画が高く評価されることは素晴らしい。裏を返せば、いわゆるアカデミー賞らしい大作・話題作が影を潜めているとも言える。かつてだったら重厚な宗教ミステリー「教皇選挙」やスケールの大きなミュージカル「ウィキッド ふたりの魔女」あたりがもう少し目立っていたのではないだろうか。
ハリウッドの低迷がささやかれて久しい。コロナ禍の影響、脚本家や俳優のストライキ、シリーズものや続編が中心のラインアップ。日本での洋画の映画興行収入も全体の4分の1にまで下がっており、映画界全体に及ぼす影響は大きい。個性的で芸術的なインディペンデント映画も、誰もがわくわくするようなハリウッド大作も見たい。そう思うのは無い物ねだりだろうか。(加藤義久・共同通信記者)
かとう・よしひさ 文化部で映画や文芸の担当をしました。アノーラはストリップダンサーといいつつ、実際はセックスワーカー。R―18指定やむなしという場面も多く、アカデミー賞だからと初デートに選んだらちょっと居心地が悪いかも。