“甲子園の先輩”もエール 快進撃続ける浦和実業学園高校 地元さいたま市の職員、星野さん(浦和市立)と旗手さん(大宮東) 「頂点目指して頑張って」「甲子園を楽しんで」
選抜高校野球大会で浦和実業学園高校の準決勝進出を受けて、地元のさいたま市職員として働く“甲子園の先輩”もエールを送る。
人材育成課課長の星野豊さん(54)は、1988年の夏に埼玉大会をノーシードから勝ち上がって甲子園に初出場し、ベスト4まで勝ち進んだ浦和市立(現市立浦和)高校のエース右腕。同じ浦和勢ということと、神懸かり的な試合の連続で当時「ミラクル市高」と評された戦いぶりとも重なり、ネット上には「37年前の浦和市立みたいだ」「星野投手を思い出す」と数多く投稿されたり、テレビの解説者も「星野投手」の名前を出すなど話題となっている。
星野さんは「試合のことはほとんど覚えていないが、勝てると思っていなかったので無欲だった」と当時を振り返る。快進撃を続ける浦和実に対しては「昭和の出来事で、僕たちの頃とは高校野球のレベルも違うので…」と前置きした上で、「今の時代にここまで勝ち進めるのだから素晴らしいチームということは間違いない。できるだけ疲れを取って、頂点目指して頑張ってほしい」と期待を込めた。
観光国際課観光振興係係長の旗手輝さん(49)は、93年の春の甲子園に初出場を果たし、準優勝した県立大宮東高校で三塁コーチャーを務めていた。初戦から準決勝までの4試合、終盤の逆転勝ちや延長サヨナラ勝ちなどしびれる展開続きで、こちらも「ミラクル大宮東」と言われた。旗手さんは「1回勝って校歌を歌おうが合言葉だったので、それを達成して2試合目からはリラックスしてプレーできた。無欲だったのが良かった」と回想する。ピンチにマウンドに伝令で向かった際もチームメートは笑顔だったという。
浦和実の駒木根琉空投手の弟と旗手さんの長男が、中学硬式野球チーム「越谷ボーイズ」のチームメートという縁もあり、旗手さんは「ここまで来たら、一試合でも多く甲子園を楽しんでほしい」と言葉を贈った。