埼玉に新たな可能性、旅行大手エイチ・アイ・エスも期待する「ワーケーション」とは 〇〇なら即完売なのに
「そっちに転がします」「お願いします」。ヒノキの清涼な香りが漂う埼玉県飯能市内の山林で、数人の男女が伐採された針葉樹の丸太を運び出していた。普段とは異なる環境での勤務や休暇を過ごす「ワーケーション」に関する県の実証実験の参加者で、多くは普段、都内で働く。県は地方創生を模索するため、エイチ・アイ・エスに委託し、アクセスが良く自然環境もある県西部の飯能、所沢、入間、狭山、日高の5市でワーケーションツアーを開催した。
「ワーク」と「バケーション」を組み合わせたワーケーションはコロナ禍でのテレワークの浸透に伴い、仕事と休暇を結び付ける新たな働き方として注目された。日本ワーケーション協会によると、休暇活用型、拠点移動型などの7類型があり、飯能市では11月16、17日に「地域課題解決型」が行われた。
■自然の中で働く
市内でシェアオフィス運営や商店街活性化などに取り組む「アキナイ」の赤井恒平代表は地域の人との交流などを説明。自身も都内から通い、「電車がすいていて快適」とアドバイスした。移動の車内では「夕飯は午後6時から」とアナウンスされ、都会で暮らす参加者は「早いね」と動揺した。2日目はNPO法人埼玉ハンノウ大学で林業体験が行われ、丸太をトングでつかんで斜面を転がした。参加者の児嶋宗範さん(44)は「正直、仕事ははかどらなかったが、濃い2日間だった。地元のキーマンとつながり、地域について知れたので、有料でも参加したい」と話した。
所沢市では25、26日に「会議型」が行われ、角川武蔵野ミュージアムなどを回り、多摩湖畔の掬水亭に宿泊した。都内IT企業に勤め、ワーケーションの機会が多いという松田一朗さん(27)は同僚の若山直樹さん(27)、後藤英次郎さん(27)と参加。松田さんは「所沢にあえて来る機会はなかったが、電車で1時間で来られて、景色が良く、ご飯もおいしい」と高評価。後藤さんは「集中スペースが欲しかった。同僚とお風呂に入って意見交換し、新発見もあった」と振り返り、若山さんは「他県では、ワーケーション目的の人に移動手段を補助する制度がある」と話した。
■企業、自治体にも利点
エイチ・アイ・エスの担当者は「県内出身で、これまで埼玉に観光などのイメージはなかったが、東京から気軽に来られて人も多すぎず、程よく自分のやりたいことをやれる環境がある。新しい市場としての可能性を感じた」と手応えを語った。一方、本格実施には知名度や誘客力が鍵となりそうだ。担当者は「他県の有名観光地のツアーならすぐ売り切れるのだが…」と課題を挙げ、「今後時間をかけてコンセプトを形作り、ブランディングしていくのが良いのでは」と分析した。
日本ワーケーション協会公認のコンシェルジュ、山岡健人さん(36)は「埼玉でワーケーションと言ってもピンとくる人は少なく、ツアーで特色を際立たせるのは有効。例えば林業をしたくてもどこに声をかけたらいいか分からないので、参加者にメリットがある」と評価。労働時間などの点からワーケーション導入に慎重になる企業が多いとしつつ、「自治体にとっては地方創生の大きな武器となり、企業にとっては福利厚生や働き方を重視する最近の若い労働者に向けて、採用力強化や離職防止に役立つ可能性がある」と意義を強調した。
県地域政策課は今後、ツアー会社による県内でのワーケーション旅行商品の拡大に期待を示す。実証実験については「おおむね好評だったと思う」と手応えを明かしたが、「民間などに今後も県内の観光をPRしてもらうことが課題」と振り返った。
■ワーケーション
「ワーク」と「バケーション」を組み合わせた造語。観光地や帰省先など自宅以外の所でテレワークを活用し、働きながら休暇を取る過ごし方。