埼玉新聞

 

小麦畑が調整池に…補償金は地主へ、置き去りの「借地」農家 過去に大規模浸水被害の坂戸で防災整備事業

  • 飯盛川近くにある収穫間際の小麦畑を指さす原伸一社長。ここで耕作する畑の3分の2が調節池となって消滅する見通しだ=5月24日、埼玉県坂戸市赤尾付近

    飯盛川近くにある収穫間際の小麦畑を指さす原伸一社長。ここで耕作する畑の3分の2が調節池となって消滅する見通しだ=5月24日、埼玉県坂戸市赤尾付近

  • 飯盛川近くにある収穫間際の小麦畑を指さす原伸一社長。ここで耕作する畑の3分の2が調節池となって消滅する見通しだ=5月24日、埼玉県坂戸市赤尾付近

 関東甲信も梅雨入りし、雨の季節を迎えた。この時期は小麦が実る「麦秋」でもあり、埼玉県内各地で収穫が進む。埼玉県坂戸市で大規模農業を営む原農場の原伸一社長(50)は複雑な思いを秘める。同市赤尾付近にある小麦の優良耕作地が、「入間川流域緊急治水対策プロジェクト」で計画された調節池の範囲に入ることになったからだ。原社長は県に対し、畑を予定地から外すよう要望している。

■越辺川との二重苦

 プロジェクトは、2019年10月の台風19号による豪雨のため、川越市や坂戸市などで発生した甚大な浸水被害を受け、国と県、周辺市町が取り組む防災整備事業。25年度までの事業期間に約338億円を投じ、河川改修や遊水地建設などを進めている。

 越辺川西側の坂戸市紺屋周辺では、国が遊水地を計画。原農場は予定地内の38ヘクタール余りで、コメと小麦を栽培する。遊水地は地役権が設定され、通常時は耕作が可能。だが、原社長は川の水がたびたび入れば農地が荒れ、営農が困難になると懸念する。さらに、地役権で補償金が支払われるのは地主で、原農場のように借地の田畑が多い農家の損失が置き去りにされるとして、計画の撤回を求めてきた。

 そんな状況で、今度は遊水地の北にあり、越辺川と合流する飯盛川に隣接して建設される調節池に、同農場で耕作する小麦畑約9ヘクタールが含まれることが判明。原社長は「当初は入らないと聞いていたが」とショックを隠せない。

■計画遂行を急ぐ県

 飯盛川の氾濫では、同市赤尾など川の北側250ヘクタールほどが浸水。建物は床上4戸、床下17戸の浸水被害が出た。同川を管理する県は、浸水域周辺の41ヘクタールを調節池とする予定で、排水機場も増やす。

 越辺川に流下させられるようになるまでの間、水を調節池内にとどめるため、飯盛川よりも高い田畑の地盤を掘削することが必要だ。こうした理由から、越辺川付近の遊水地とは異なり耕作は認めず、県が土地を買収する。

 飯能県土整備事務所は「合流点の直近に造るのが最適。(小麦畑を外して)面積が狭くなれば効果を十分に発揮できなくなる。丁寧に説明し、早く整備したい」と急ぐ。プロジェクトでは、全体の計画を各関係機関が分担して整備。県が独自の修正を行いづらい事情が透けて見える。

■営農に打撃は必至

 原農場は小麦畑で、パンなどに加工する「ハナマンテン」を栽培。耕作地の大部分は借地だが、会社ではグルテンが強い小麦を育てようと、19年に畑の排水機能を向上させる整備をしたばかりだった。原社長は「ここまでにするために、どれだけ努力してきたか」と無念さがにじむ。

 現在、正社員1人を雇用するほか、繁忙期のパート社員も10人ほどいるという。小麦畑が調節池となれば、年間の売り上げが500万~600万円減る見通しだ。原社長は今年1月に要望を行うなど、県に働きかけている。「きちんとした個別説明はない。とにかく、話し合いの席に着いてほしい」と原社長。予定地では既に、測量が行われている。日程通りに進めば、工事開始は25年1月ごろ。美しい麦秋が見られるのは、あと1シーズンだけとなりそうだ。

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