想定超える「現実」…刺股や盾、マニュアルが裏目に出る懸念も 現場は「限界」/戸田・中学校刺傷(下)
戸田市立美笹中学校の事件を受けて、埼玉県教育局は不審者が侵入した時に教職員が取るべき行動を示した「防犯マニュアル」を作成するとしている。
県内の公立学校には国の手引きを参考に、学校ごとに災害や不審者侵入などを想定した「危機管理マニュアル」がある。6月定例県議会で日吉亨教育長は「現行のマニュアルは主に生徒を守る視点で作成されている」と新マニュアルの必要性を説明。県教育局によると7月中にも作成する防犯マニュアルを踏まえ、危機管理マニュアルの改訂を学校や市町村の教育委員会に求めるという。
しかし、実際に侵入者に対応する状況を経験した男性教諭(60)は「刺股や盾、笛などを配備しても、いざという時に有効とは限らない」と別の思いを抱く。
教室の後方で教諭が少年=当時(17)=に切り付けられた時、少年の背後には生徒たちがいた。教諭は「刺股や盾で押したら逆に生徒に向かわせてしまう。蹴り倒されて重い盾の下敷きになったら身動きが取れなくなり、侵入者を自由にしてしまう」と指摘する。
学校ではオートロック玄関や警備員の導入などの対策が取られたと報道されているが、遅れて来る生徒への対応や校庭での体育のための出入りがあるため、校舎の入り口を全て施錠することは現実的ではない。かといって、警備員1人では複数ある出入り口に同時に目を配ることは難しい。防犯カメラを設置しても、映像をずっと監視している人がいなければ侵入者に気付かない。教員不足の時代で、そこに人員を割く余裕もない。
「現実に起こることはマニュアル通りの状況とは限らない。今回は同僚たちの対応が素晴らしく、生徒に被害が及ばなかったが、次に事件が起きて生徒に被害が出たら、『なぜマニュアルがあったのに対応できなかったのか』と教員がバッシングされるのでは」と教諭は別の角度からの懸念を口にした。
「よくこういう事件があると保護者や教職員が登下校の見守りをするが、防犯の訓練を受けた専門家ではない。どんなに優れたマニュアルがあっても、学校を侵入者から守るには現状では限界がある」
期待するのは、国や県が学校の安全のために人と予算を増やすこと。「大学生の教員志望者が減っていると言われるが、職場の安全が守られないのに先生になりたい人が増えるだろうか」と問いかけた。