心からの謝罪と反省を…患者家族に奪われた「先生」 医師仲間も悔しさ ふじみ野立てこもり、26日初公判
昨年1月、埼玉県ふじみ野市で在宅医療を行う男性医師=当時(44)=が訪問先の住宅で射殺された事件で、殺人などの罪に問われた男(67)の裁判員裁判が26日から、さいたま地裁で始まる。患者に寄り添い、慕われていた男性医師。地域医療を担う男性医師の同志で、事件前後の男を知る東入間医師会の井上達夫会長(62)は「減刑のための方便ではなく、男性医師に対して心からの謝罪と反省をしてほしい」と語った。
■一方的な恨みか
事件の発生は昨年1月27日午後9時過ぎ。ふじみ野市大井武蔵野の住宅で、住民の男が散弾銃を発砲し、男性医師が死亡。ほかに、男性医学療法士=当時(41)=が散弾銃で撃たれるなど2人が重軽傷を負った。男は男性医師を人質に約11時間立てこもった末、県警に逮捕された。
男は事件前日に死亡した母親=当時(92)=の診療を担った男性医師ら医療関係者男女7人を「線香をあげに来てほしい」と呼び出すと、母親の遺体を前に「生き返るはずだから、心臓マッサージをしてほしい」と蘇生措置を要求。死後約30時間が経過していたことなどから男性医師が丁寧に説明して断ると突然、散弾銃を取り出し発砲した。
母親は他の医療機関での受け入れを断られ、男性医師が親身に対応していた。男は母親の治療に強いこだわりを持ち、納得がいかないことにはクレームを浴びせることもあったという。男性医師らに一方的な恨みを募らせた末の犯行とみられている。
捜査関係者によると、男は最初の逮捕後の取り調べに「母が死んでしまい、この先いいことはないと思った。自殺しようと思っていた時に自分だけではなく医師やクリニックの人を殺そうと考えた」と供述。2件の殺人未遂容疑については「殺すつもりはなかった」と殺意は否定していた。
■事件後も平然
「理知的で優しく、患者からも慕われる先生。亡くなってしまったのは残念でならない」。上福岡総合病院(ふじみ野市)の院長を務めるなど約30年、地域医療に携わってきた井上会長は、男性医師の死に悔しさをにじませる。
同院では男の母親を10年以上診察していたことがあり、男は診察の順番待ちが長いと「一番前にしろ」などと怒鳴ってきたこともあった。「自身に不都合なことが起きると激高するタイプだった」。事件を起こしたのがその男だと知り「母親が亡くなったことを医者のせいにするのは言語道断。絶対に許せない」と怒りが込み上げた。
事件は在宅療従の利用者や家族による暴力やハラスメントの実態を浮き彫りにした。井上会長はうつ病になったり、閉業する医師も珍しくないとして「多くの開業医は医者と看護師のたった2人で診療に当たり、対抗するのは難しい」と指摘する。
井上会長は事件後から今年の初夏ごろまで月に1度、東入間署で留置人の健康管理の一環として男を診察していた。男は「井上先生どうも」と話しかけ、平然と自身の体調について細かく説明した。井上会長は「驚いた。本当に罪の意識があって反省しているのかどうか、分からない態度だった」と振り返り、初公判に臨む男に対し「男性医師に対して心からの謝罪と反省をしてほしい」と訴えた。
公判は14回開かれ、判決言い渡しは12月12日を予定している。