<新型コロナ>暴れる患者…県南の中核病院「医療崩壊が目前」 陰性後も治療続き病床が…行き場失う患者も
埼玉県内で最初の新型コロナウイルス感染者が確認されてから10カ月余りで、県の累計感染者数は1万3千人を超えた。埼玉は人口10万人当たりの医師、看護師数が全国最少の医療過疎地。県医師会の金井忠男会長(76)は「予測不能のコロナ禍へ対応するためには、最終的に医療従事者の使命感に頼らざるを得ない」と語る。
さいたま市民医療センターの坪井謙医師(47)は軽症、中等症患者を受け入れ始めた3月下旬を「治療法などが分からず手探りだった」と振り返る。現在は人工呼吸器が必要な重症者も受け入れ、「ほぼ満床で逼迫(ひっぱく)に近い状況。陰性後も治療が必要な患者のために病床が空かないという問題もあるので、県の転院支援システムを利用したい」と言う。県医療整備課によると、陰性となった元感染者を受け入れる後方支援医療機関には151機関が登録されている。
坪井医師は「先が見えず疲れているが、チームの雰囲気は明るく保っている」と悲壮感は見せず、「『全ての人を助けたい』という思いでしっかり患者を診るので、(県民は)感染を広げない倫理観を持って」と訴える。石田岳史副院長(52)も「軽症の孫から感染した高齢者が亡くなり、一家で後悔を抱える悲惨な例もある。少しでもリスクを減らすため、ユニバーサルマスク(全ての人のマスク着用)や禁煙など、すぐできる対策に取り組んで」と呼び掛けた。
県は12月、地域のクリニックなど約1200機関を「診療・検査医療機関」に指定し、ホームページで公開。金井会長は「これまでは保健所が検査の可否を判断していたが、発熱患者が自分で判断できるようになり、保健所の負担も軽減したのでは」と評価する。県と医療機関の協力体制により医療崩壊は防げているとしつつ、「家庭や市中での感染拡大を抑えるためにも、県民は体調に異変を感じたらすぐに受診してほしい」と話した。
診療・検査医療機関となった埼玉精神神経センター(さいたま市)の丸木雄一理事長(66)は「難病で人工呼吸器を使う患者も多く(発熱患者診療との)両立に何倍も手がかかる」とした上で、「発熱患者を断ると救急病院などで医療の混乱や崩壊を招く恐れがある。医療の使命だと思って引き受けているし、地域の他の医師にも同様の信念を感じ、前より連帯感が強まった」と語る。
看護師の小川ちか子さん(50)によると、認知症や暴れてしまう患者は検査時に押さえる必要があり「(感染の)リスクが大きく、通常でも大変な業務がさらに大変になっている」。それでも「400人の病院スタッフが誰一人文句を言わず協力してくれている」と感謝の気持ちをかみしめた。
一方で、エッセンシャルワーカー向けに県が5月に開設した窓口には、医療従事者からの相談が13件寄せられた。「心身の不調があっても休めない」「差別や偏見を恐れて医療従事者であることを隠している」などの悩みを抱えつつ、使命感からか、「仕事を辞めることはできない」と追い詰められているという。
県南地域で軽症や中等症の患者を受け入れる中核病院は満床状態が続き、「医療崩壊の一歩手前」と危機感を募らせている。軽症でも、クラスター(感染者集団)が起きた福祉施設などの患者のケアに労力を要し、負担は大きい。
看護師の女性(44)は「高齢患者が増えたら今の看護体制では足りない」と焦る。重症化しても高度医療を受ける体力がない場合や、希望しない場合が多く「家族の面会もできず、何もしてあげられずにみとることも。もどかしい」。自身の家族に感染を広げる不安も抱え、「周りのスタッフから『嫌な夢を見る』とよく聞く。自分も、『大変だね』と言われても『近寄らないで』と聞こえる心理状態になってしまった」と打ち明けた。
医師の男性(44)は「埼玉は元々、医療過疎地域。近隣地域の基幹病院でクラスターが起き、患者が行き場所を失って運ばれてくることもある」とし、「年末年始に通常診療をしながらコロナ対応を並行することが本当にできるのか」と葛藤する。現在は軽快したが、別居する70代の母親も感染し「もし重症化したら、と頭をよぎった。コロナは絶対にかかってはいけない感染症で、誰にとっても人ごとではない」と県民一人一人に対策を求めた。
■コロナ禍の医療現場
感染拡大の第3波が到来し、県内の病床使用率は一時、6割を超えた。県は11月末に新型コロナウイルス患者用の病床数を「ピーク期」のフェーズ4(1400床)に引き上げ、県内医療機関は仮設病棟を設けるなどして協力。県は医師会などと連携し、発熱などの患者の救急搬送を受ける「疑い患者受け入れ医療機関」や、かかりつけ医が発熱患者を診る「診療・検査医療機関」などの整備も進めてきた。