ユネスコ遺産に登録の紙が最も参考に 記録ない手漉き和紙、小川で再現 昔の和紙20種類、見本を制作
埼玉県小川和紙工業協同組合理事長の久保晴夫さん(72)が、小川町で漉(す)かれていた昔の和紙20種類を「いにしえの紙」として再現した。いずれも平安から昭和の時代にかけて製造されながら時代の流れの中で廃れていた和紙で、数少ない現物や文献を頼りによみがえらせた。紙漉きに携わって半世紀余りの久保さんの集大成ともいえる試みだが、再現の過程では同町で生産される細川紙が「和紙漉きの太い幹を成している」と感じたという。
小川町や東秩父村を中心に古くから継承されてきた手漉き和紙は1300年の歴史があるとされる。布の代わりや拓本に用いるなど目的によって多彩な種類が作られてきたが、今では製造されなくなった和紙も多い。
久保さんは、1913年創業の手すき和紙工房「久保製紙」の4代目で、細川紙技術者協会の正会員。家業の手漉き和紙を受け継いで、半世紀余り。さまざまな和紙に出合いその質感や風合い、色調などを肌で覚え、自らの技術向上の糧にしてきた。
再現の切っ掛けは2018年。「小川で漉かれたと思われるチリ入りの和紙の用途、年代を知りたがっている人がいる」との町役場からの問い合わせだった。後日、実物を見ると、「黒四つチリ」という紙で、50年ほど前から漉かれなくなった紙だった。「100年以上前に漉かれた紙と思われ、当時のままの状態で残っている紙に接し、とても感動した」。この時「失われた和紙を再現しておこう」と思い立ったという。
小川和紙の古い文献にはさまざまな和紙の名前が出てくる。しかし実物が現存しているケースは少なく、製法の記録は全く残っていなかった。まずは実物や関連文献を探し出すことから始めた。実物のない物は文献を頼りに、その用途を考え、類似の紙を参考にした。
こうして平安時代の武蔵国三郡(比企、男衾、秩父)で漉かれたとみられる「古代の紙」、布地の代用で使われた「紙子・紙衣紙」、昭和の時代に製茶の工程で使われた「焙炉(ほうろ)紙」、拓本採取用の「拓紙」など20種類の紙を再現し、縦31センチ、横43センチの見本を制作した。紙の名や解説、作り方、豆知識の文章も添えている。
再現に当たり最も参考にしたのは、国の重要無形文化財でユネスコの世界無形文化遺産にも登録された地元の細川紙だ。楮(こうぞ)のみを原料に漉く製法は、多くの手漉き和紙の基本となり、用途に応じ原料を調合、染色などの工夫を施す。「恐らく昔の人々も用途に応じて紙を漉いてきたのだと思う。再現に取り組んで細川紙のすごさを改めて実感した」と振り返る。
久保さんは「今も漉かれている和紙も製法の記録がないと、いずれ分からなくなる。手漉き和紙を志す若い人たちに少しでも役立てば」と話している。