埼玉文学賞受賞・それから(下) 小説部門の霜月さん、伝えたい人間の根本 自分にしか見えないものを書く
トランスジェンダーのパートナーとの愛を描いた作品で、2019年の「彩の国・埼玉りそな銀行 第50回埼玉文学賞」小説部門の正賞に選ばれた霜月ミツカさん(31)。受賞から1年半で8作品の短編を執筆。出版社の文学賞に応募を続け、母校の文芸誌に作品を発表するなど、次のステップに向けて創作に打ち込んでいる。
昨年10月、母校の日本大学芸術学部文芸学科内の江古田文学会から依頼を受け、「江古田文学」105号に「プリズムの向こう側」という小説を発表した。霜月さんは10年前に第9回江古田文学賞を受賞していたが、その後は大学関係者と疎遠になっていた。「埼玉文学賞の受賞が掲載依頼につながったのでは」という。
SNSでの誹謗中傷を苦に親友が自殺してしまい、心の傷を受けた女子高校生が再び前を向いて歩き出すまでの物語。この問題では女子プロレスラーの木村花さんの悲劇が記憶に新しいところだが、「人間は自分が見たいように世界を見る。歪んだ正義感で突っ走ることは恐ろしい」。誹謗中傷を書き込む人たちへの怒りを露にする。
「埼玉文学賞」を受賞した「ツクモの家」はトランスジェンダーを扱った作品だったが、LGBT法案の自民党内の審査で反対した議員たちの発言についても同様のものを見る。「本人は性的マイノリティを差別しようと思っていないのだろうが、結果的に差別している。あまりに不勉強で、聞いていてつらくなった」
大学時代、小説を書いている知人の作品を読んで「自分には書けない」とコンプレックスを抱いたことがあった。自尊心が折れたり、治ったりの繰り返しで創作を続ける中でこう思ったという。「自分は池井戸潤のような作品は書けないが、それは書ける人が書けばいい。私は自分にしか見えないものを書きたい」
自分の心の中から沸き起こってくる喜びや怒り、問題意識や衝動などを作品に結び付ける。「何者かになろうとか考えなくていい。熱い気持ちで書くのが一番」と話す。
自分にとって小説を書くことは「見知らぬ読者とのコミュニケーション」という。「自分は本音を直接言えない性格で、エッセイなどで自分の気持ちを書くのも苦手。でも小説にすれば言える」。伝えたいことは「普遍的で人間の根本となる部分」という。具体的に何かを問うと、「それは愛ですね」とほほ笑んだ。
■小説部門正賞受賞作「ツクモの家」あらすじ
笑美とトールが2人で暮らす家の前に、ある日赤ちゃんが置き去りにされていた。そのまま赤ちゃんと暮らそうとするトールに、笑美は「警察に届けないならば家を出る」と実家に帰ってしまう。
トールは男性の心を持ち女性として生まれ、小2まで施設で育った。自分の性に違和感を感じ、手術をして戸籍を男性に変更した。笑美がトールと出会ったのは大学生の時。笑美の一目ぼれだった。トールの子どもを宿すことはできなくても、彼のすべてが好きだった。
3日後、和解した2人が帰宅すると、門の前に高校生ぐらいの少年が待っていた。赤ちゃんの実の父親で、置き去りにしたことを後悔しているという。トールは少年を諭し、赤ちゃんを返す。再び2人きりになったトールと笑美は永遠の愛を願う。