埼玉新聞

 

【シネマの花道(2)】圧倒的な現実と向き合って アニメ「ルックバック」がスマッシュヒット

  •  (c)藤本タツキ/集英社 (c)2024「ルックバック」製作委員会

     (c)藤本タツキ/集英社 (c)2024「ルックバック」製作委員会

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  •  Blu-&DVD発売中 発売・販売元:バンダイナムコフィルムワークス (c)2019こうの史代・コアミックス/「この世界の片隅に」製作委員会

     Blu-&DVD発売中 発売・販売元:バンダイナムコフィルムワークス (c)2019こうの史代・コアミックス/「この世界の片隅に」製作委員会

  •  (c)2022 LFP-LES FILMS PELLEAS/RAZOR FILM PRODUKTION/ARTE FRANCE CINEMA/DAUPHIN FILMS/MUBI/CN6 PRODUCTIONS/BAYERISCHER RUNDFUNK/ZACK FILMS

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  •  (c)藤本タツキ/集英社 (c)2024「ルックバック」製作委員会
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  •  Blu-&DVD発売中 発売・販売元:バンダイナムコフィルムワークス (c)2019こうの史代・コアミックス/「この世界の片隅に」製作委員会
  •  (c)2022 LFP-LES FILMS PELLEAS/RAZOR FILM PRODUKTION/ARTE FRANCE CINEMA/DAUPHIN FILMS/MUBI/CN6 PRODUCTIONS/BAYERISCHER RUNDFUNK/ZACK FILMS

 この夏、大きな宣伝をするわけでもなく、誰もが知るスターが出るわけでもない小さな映画が、スマッシュヒットを記録した。上映時間58分、当日入場料金は1700円均一で割引は一切なし。通常とは異なる上映形態が目を引くが、観客が口コミで増えていった一番の理由は作品そのものの魅力にあった。漫画に魅せられた少女2人が主人公のアニメ「ルックバック」である。

 原作は「チェンソーマン」で知られる藤本タツキ。2021年に「少年ジャンプ+」で公開され、「このマンガがすごい!2022」オトコ編で第1位に輝いた。漫画ファンの間では評価が高かったが、ジブリ作品などで主要スタッフを務めた押山清高が監督した今作は、アニメならではの生き生きとした描写で原作とはまた違った生命力を吹き込んでいる。

 学年新聞に連載する4こま漫画が評判になっていた小学4年の藤野(声・河合優実)は、ひきこもりで学校に来ない京本(声・吉田美月喜)が描いた漫画を見て、その完成度に衝撃を受ける。一時やる気を失った藤野だったが、卒業証書を届けに行って出会った京本は藤野を「先生」と呼んで尊敬していた。

 意気投合した2人は一緒に漫画を描き始める。漫画誌で入選を果たし、順調に作品を発表していくが、絵がもっとうまくなりたい京本は美大へ。数年後、人気漫画家となった藤野は、京本が通う美大で事件が起きたことを知る。

 物語の前半、プライドが高く「ちゃんとした絵を描くのは素人には難しいですよ?」なんて言ってしまう藤野が、見知らぬ同級生京本の画力に打ちのめされ、その同級生からの称賛の言葉でまた有頂天になる。小学生のジェットコースターのような感情の起伏の激しさを、映画はコミカルな表情や躍動感のある動きで表現する。京本の家からの帰り道、雨の中を歩き、スキップし、駆け出す藤野の爆発する喜びは、観客の心をも弾ませる。

 後半は一転して、別々の道を歩み始めた2人の運命を、現実と虚構をない交ぜにして描く。ここでも軸になるのは藤野の感情の揺れで、あり得たかもしれないもう一つの世界を照らす光と、あのとき私があんなことをしなければという自責の念から生じる影が、やるせなさと喪失感を際立たせる。

 京本を襲う悲劇は、実際にあった痛ましい事件を思い起こさずにはおかない。現実というのはかくも無慈悲で、圧倒的なものだと思う。藤野はそれでも、創作の持つ力を信じて前を向く。季節や歳月が巡る中、机に向かう後ろ姿に涙する。

 圧倒的な現実に向き合って生きる人々を描いたアニメということで、夏の定番「この世界の片隅に」(こうの史代原作、片渕須直監督)を再見した。この映画は何と言っても、戦時下を生きる人々の日常を庶民の目線で描いている点が魅力的だ。

 1944年、広島から呉に嫁いだ主人公すず(声・のん)は、ぼんやりした性格で周囲をあきれさせながらも、乏しい物資を工夫したり好きな絵を描いたりしながら日々の暮らしを送っていた。だが翌年の夏、郷里の広島に原爆が落ち、自身もかけがえのない存在を失う。

 玉音放送を聴いて「最後の1人まで闘うんじゃなかったかね」と言って慟哭するすずの姿からは、何のための犠牲だったのかという無念が痛いほど伝わってくる。大好きな絵も描けない。だが、それでも生きていかなければならない。「泣いてばっかりじゃもったいない。塩分がね」と笑い合いながら。

 「それでも私は生きていく」という映画もあった。こちらはミア・ハンセン=ラブ監督による2022年のフランス映画。原題は「Un Beau Matin(ある晴れた朝)」だが、見終わってみるとしっくりくる邦題である。

 サンドラ(レア・セドゥ)は通訳として働きながら娘を育てるシングルマザー。哲学の教師だった父親は記憶と視力を失いつつあり、介護が必要になっている。日々に追われる中、死別した夫の友人と再会して恋に落ちるが、彼には家族があった。

 仕事、子育て、介護。そこに「自分」はあるのか。悲惨な事件が起きたり戦争に巻き込まれたりするわけではなく、現代人にとってはよくある悩みかもしれないが、それだけにサンドラの苦悩や怒り、諦め、そして喜びが、身に染みてくる。

 人生はままならないことばかりだけれど、それでも前を向いて歩いていく。ほのかな希望を胸にともして。(加藤義久・共同通信記者)

かとう・よしひさ 文化部で映画、文芸を担当しました。毎年夏には「この世界の片隅に」や塚本晋也監督「野火」、岡本喜八監督「日本のいちばん長い日」を見ることにしています。庶民、兵隊、国というそれぞれの立場から、あの戦争が見えてきます。

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