【青春の「ザ・ベストテン」 南野陽子 #3】多忙極めたアイドル時代「死なないよね、やれ!」
1980年代後半、瞬く間にトップアイドルに駆け上がった南野陽子。多忙を極める中、海外やドラマ撮影のセット、映画の撮影所近くなど、さまざまな場所から音楽番組「ザ・ベストテン」に出演した。(ザ・ベストテンの思い出を聞く連載の第3回です)
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〈87年2月は、香港から帰国した直後の空港で、私服の黒い皮のジャンパー姿で「楽園のDoor」を歌っています〉
本当は成田空港の雰囲気が伝わるような、ロビーかどこかで歌うはずだったんですけど、許可が取れなかったみたいで。急きょ駐車場に止めた車の中から歌いました。それにしても私、子どもっぽい服装ですね。出演することは分かっていたんだから、もうちょっとおしゃれな私服で帰ってこいと思うけど…。でも、当時はこんなものでした。
〈多忙のあまり、88年のNHK大河ドラマ「武田信玄」に、おここと湖衣姫の二役で出演していた際は体調を崩したそうですが〉
もともとあまり体は強くなくて、入院しながらお仕事していた時期もあります。でも、当時はみんなそうでした。「それ死ぬ? 死なないよね、やれ!」と言われちゃうような時代。そのぐらい、私のことをみんなに知ってもらいたかったのもあります。「テレビに出る時間が増えれば友達に会う時間、寝る時間はないよね、どっち取るの?」と聞かれたら「はい、テレビ出ます!」みたいな。(私生活と芸能活動の)どっちも取るなんてない、と思っていて。
3カ月に1回ぐらい新曲が出て、目まぐるしい日々でした。でも、そのおかげで今があるし、こんな映像集を作ってもらえたんだとも思います。
※次回は1週間後にUPします
【みなみの・ようこ】1967年生まれ、兵庫県出身。85年に「恥ずかしすぎて」でデビュー。ヒット曲に「吐息でネット」「はいからさんが通る」など。主な出演作はドラマ「スケバン刑事☆(ローマ数字2)」、映画「私を抱いてそしてキスして」。「ナンノ」の愛称で知られる。